密教927 イジメの構図

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イジメ、誹謗中傷は、なぜ毎日、毎日、繰り返されるのか。
それは魂の劣化と、他より優位に立ちたいと云う、誠にお粗末な考え方から発生した
馬鹿さ加減である。

そんなに争い事が好きならば、地獄で争えば良い。
地獄は、未来永劫争えるのだから、地獄では姑息も卑怯も全てが自由である。
但し、いつ何時、頭から喰われるか、恐怖の中で未来永劫続くのである。

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人間界は、まだ生易しい。
地獄は無い、靈界など無い、この世が全てだと思って居る者は浅はかである。

そして、その物質的価値観が、我が身に地獄を与えようとは夢にも思って居ないのが、
イジメ、誹謗中傷を繰り返して居る者達である。

そんな者達は、私が百万遍、心靈學を説いても理解には至らないで在ろうが、私は言い続けます。

何故か?
どんな人間にも、元は素直で無邪気な時代があったのです。
其れが、何かの出来事、理由に依り、イジメ、誹謗中傷を平気で操る人間に落ちたのである。


落ちたのであれば、這い上がるチャンスが必要。
なれば、前非を悔いて悪意を捨て、御仏の慈悲にすがり、學び直せばまだ間に合います。
最下層の地獄に堕ちる前に悔い改め、悪意を捨て、善意に目覚め、自らが犯した罪を償い、御仏の大慈悲にすがれば良いのです。

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悪意には、安らぎなし!
善意には、安らぎと叡智が与えられます。
一日も早く悪意と決別し、善意の一生を全うして頂きたいと、考える次第です。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


きっかけは、些細な事だったのかもしれません。
例えば、テストで自分よりいい点を取った、同じ人を好きになってしまった、給料は同じなのに自分の方が仕事量が多い、許せない、許せない、憎らしい…
そんな風に人を憎んでいる時、実は自分は苦しんでいるのです。

認めてほしい、平等に見てほしい、自分も頑張っている事を知ってほしい、こういった願望が叶えられない苛立ちに心を支配され、それを紛らわすために、その苛立ちを他者にぶつけてしまう。

相手が困ったり、傷ついた様子に胸がすくような思いがするかもしれませんが、それは、あくまでスケープゴート。
本当に望んでいる事は『認めてもらう事』だったり『自分の思いを知ってもらう事』なので、自分がそこに気付かない限り、どんなに他人を攻撃しても苛立ちが解消されることはないのです。

悪意のなかに身を置いても、安らぎは訪れません。
他人を貶めているつもりで、実は自分の尊厳や、心を自らが傷付けている事に気付きましょう。

冷静さを取り戻し、感情に振り回されずに、理性で自分の心を見つめれば、
『本当はどうしたらいいのか』が、見えてくると思います。
これまでの行いを悔いて、やり直したい、立ち直りたいと、真剣に思う者を、御仏は決してお見捨てにはなりません。
そして、これまでの頑張りや、心に持つ優しさを、御仏は全てわかっておられるのですから、
誰からも認められないと嘆くことはないのです。


今日もありがとうございます

慈葉

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# by jiyou-925 | 2018-11-16 06:00 | 永作師僧からの便り

密教926 悪意の代償


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イジメ、誹謗中傷を繰り返す事は、自身を毒の海に誘って居るのである。
相手が仕返しをしないから、またやる。
相手が向かって来ないから。
馬鹿な発想である。
自分は安全圏に居るという幼稚な発想は、これからは通用しない!

悪意の代償は恐ろしい。
その恐ろしさを実感して居ないから、繰り返すのである。

イジメ、誹謗中傷を楽しむ者達よ、やり続けるがよい。
但し、代償は誰も代わる事は出来ない。
自分が仕出かした因縁は、自分で償うしかない事を、肝に命じるしか無いのである。

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一例を挙げれば、多年に及ぶイジメ、誹謗中傷されて来た被害者が勇気を出し、
遂に告訴に踏み切った。

当然、相手側は司法の場に引きずり出され、裁きを受けるが、その後に残るのは損害賠償請求訴訟である。
犯人は、結果的に二度裁かれる事になる。

この事実を知っていますか!
面白半分で仕出かした事が、大変な償いをしなくてはならないのである。

悪質であれば刑事訴訟で裁かれ、民事訴訟でも裁かれるのである。
正に四面楚歌、悪意の代償は、安くないのである。

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社会人であれば、当然職場も失い、社会的、信用も全て失うのである。
高い代償は、全て悪意で他人を苦しめた代償である。

今は昔と違い、調査方法も進んで居る。
どんな闇に隠れようと、あばく方法は存在して居るのである。

イジメ、誹謗中傷を楽しむ者達よ、いい加減に眼を覚さなければ、いずれ泣く事になる。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


人を呪わば穴二つ、正に因果応報です。
こういうと、呪いとイジメは違うという方もいるかもしれませんが、人に害を与え貶めようとする行為は同じです。

人を呪わば穴二つ
【意味】人を呪わば穴二つとは、人に害を与えようとすれば、やがて自分も害を受けるようになるというたとえ。

【注釈】他人に害を与えれば、必ず自分にかえってくるものである。
他人を呪い殺せば、自分も相手の恨みの報いを受けて呪い殺され、相手と自分の分で墓穴が二つ必要になることから。

故事ことわざ辞典より引用


人をイジメたり、泣かせたりしている輩は、奪うことだけを考えて、自分が奪われ、失うことなど考えていないのかもしれませんが、今、自分が他人に向けている悪意が、やがて自分の元へと数倍になって返ってくると知っても同じことをやり続けられるでしょうか。

人を泣かせたカルマは、必ず自分の元へと返ってきます。
これは真理であり法則ですから、何人も逃れることは出来ません。

これを知っても、自分には関係のない事と切り捨て、刹那的な生き方を変えようとしなければ、
悔い改める機会も失われ、ただ真っ直ぐに破滅へと向かう事になります。
人を貶める事を楽しんでいるつもりが、自分で自分の首を絞めているのです。

愛や、優しさ、親切といった、利他の心から掛け離れた事をしていると気付いたなら、今すぐに止め、素直な心を取り戻しましょう。
心から反省し、行動を改め、學ぶことで、やり直しのチャンスが訪れます。


今日もありがとうございます

慈葉


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# by jiyou-925 | 2018-11-15 06:00 | 永作師僧からの便り

密教925 犯罪は、何故、繰り返されるのか?

連日、報道されて居る凶悪事件。
日本は、どうなってしまったのかと思う方も少なくないと思います。

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いつ如何なる時に、自分もしくは、あなたの大切な人が、事件に巻き込まれて傷つけられ、
或いは殺害されたとしたら、あなたはどうしますか。
犯人は分からない。
証拠も見つからず、ただ時間だけが過ぎて行く。
やり場の無い気持ち、正に生き地獄である。

犯罪が繰り返されては、犯人の人権が取り沙汰され、精神鑑定、様々なやり取り、被害者の人権は?
では何故、犯罪は繰り返されるのか。
それは、魂の劣化が原因である
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魂の劣化とは、年齢に比例しない事を覚えて置いて頂きたい。
若年であろうと高齢で在ろうと、魂の高低には関係ないのである。

関係するのは學びである。
但し、私が言う學びとは学歴ではない。
魂の學びである。
それは倫理に始まり、智慧と理性を身に着けて俯瞰し、達観する事から始まる。

簡単に言えば、反省を我が身に落とし込む力である。

犯罪者の全ては、自分よがりの怠け者である。
怒りを自分と同じ人間に向けたいのであれば、海の真ん中に行き
刃物でも拳でも好きなだけ振り回し、力尽きたらそのまま沈めば良い。
そしてその後、屍は海の生き物達が処理してくれるであろう。

他人を巻き込み、他人を悲しみに追いやるよりよほどましである。
他人をイジメ、誹謗中傷する者も同じである。
正に、不毛な行為と知り、辞めるが良かろう。

其処には、何の益も存在しないのである。
それすら理解出来ない者は、犯罪者の予備軍である。

今、世界に必要な学問は本物の學びである。
真摯に學びを深める時、魂は進化し、本質を知るで在ろう。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



自分を省みる事をせず、欲求や欲望のままに奪い、貪る生き方を続けることで、
純粋に學びを志してこの世に産まれ出たはずの魂は、學びという目的を忘れ、段々と劣化していくのですね。

過ちを犯した、悪い事をした、という気持ちにならないのは、責任感が欠如しているせいではないでしょうか。
都合の悪い事は、全て他人や環境のせいにしたり、誰かが何とかしてくれると甘い考えを持っていたり、自分自身を見つめる事なく、自堕落であったり、地に足の着かない生活をしているところに、隙が生まれます。

その隙を狙っている、同じ想念を持つ未浄化霊が引き寄せられてくるとどうなるか…というのは
これまでも何度か紹介して参りました。
しかし、霊的真理を學ばない方にとっては、信じられなかったり、何か胡散臭い話に感じられるのかもしれません。


師僧のブログで度々ご紹介されている、近代心靈學の父、浅野和三郎氏が訳された
ウィリアム・ステートン・モーゼス著「霊訓」という本があります。
これは、今から145年前に、モーゼスが霊界から受け取った受け取った様々なメッセージについてまとめられているのですが、これを読んでいると、真理というのは不変のものだという事がよくわかります。

霊訓

ウィリアム・ステイントン モーゼス/null

(Amazon電子書籍kindleアプリで、無料でダウンロードができます)

真理には、流行り廃りはありません。

誰でも何時からでも學び始めることが出来ます。
霊的真理を、所謂スピリチュアルや、オカルトなどと混同せず、真摯に學びとして捉えてみると、盲目であった目が開くような驚きや発見があったり、今迄はうまく説明出来なかったことが、ストンと腑に落ちることも沢山あるのではないでしょうか。


今日もありがとうございます

慈葉



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# by jiyou-925 | 2018-11-14 06:00 | 永作師僧からの便り

密教924 事件

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通り魔、車での嫌がらせ、虐待、イジメ、誹謗中傷、詐欺、殺人、
数え上げれば、切りがないほど、犯罪大国に成り下がった日本。
何故?こんな国に成ったのか?
それは、短略思考が原因と考えます。

捕まる訳が無い、見られ無ければ大丈夫、証拠が無ければ、イライラの解消、
その他、全て、短略思考に依る犯行である。


では、何故、人は、短略思考に陥入るのか?
それは、物資史上主義の末期表情である。
他が裕福なら妬み、他の物を奪い、一時の快楽に耽る。
正に、ケダモノである。


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倫理観が欠如した状態【社会】は、正に、魔界である。


貧しさを、他人のせいにせず自らの努力不足を憂い反省し努力する時
得るものは、必ずあります。

努力もせず得られるものなど無い。
当たり前の事だが、その当たり前の事を理解出来ない者が犯罪者である。

他人のしあわせを妬むは、正に、愚の骨頂であり、恥ずべき事である。

今迄に、何回となく言って来た言葉だが、盗めば盗まれ、騙せば騙され、殺せば殺される。
これは、カルマの法則である。

正に、因果応報。
上記を信じるも、信じざるも、全ては自由であるが、但し、自由には責任が伴う事は
真理である。

後悔しても、人間界では許されても、必ず来る霊界の裁きは、何人も【なんびとも】免れる事は無い!。
その真実を知る事は、全ての人が実感する日は遠く無い。
私達は、平等なのだから。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


日本人は、元々、思慮深く勤勉で、忍耐強くて器用であり、自然や人間関係、政治や文化においても調和を大切にする民族であることは、様々な歴史から推察する事ができると思います。

ところが戦後、GHQによる3s政策が進められたことにより徐々に骨抜きにされていきました。


こちらの動画はわかりやすいです。




流れとして、「逆らえない日本」を作り上げるための大きな計画があったことは事実ですが
だからと言って、「自分のせいではない」と考えることもまた、違うのではないかと思います。

こうした背景があった、ということを知識のひとつとして心に留め
では、自分はこれからどう生きていけばいいのか?を、常に「自分で」考えなくてはいけないのだと思います。

何が良くて、何が悪いのか、何が正しくて、何がまやかしなのか
日々垂れ流される報道を鵜呑みにせず、裏に何があるのかを見極めることが大切なのではないでしょうか。

混沌とした現代社会が「魔界」であるならば、それに気付いた人間は、良心を育て、魔に付け込まれないように行動しなくてはいけません。
信仰心は、その拠り所となる大切なものと思います。


今日もありがとうございます

慈葉



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# by jiyou-925 | 2018-11-13 06:00 | 永作師僧からの便り

密教923 恐れ過ぎる

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何事も、恐れ慎重になる気持ちは大切ですが、恐れ過ぎる事は、疑心暗鬼を生み出す要因にも
成って居るのである。
それは、魔に付け入る隙を与える事にも繋がる事になる事を知って下さい。
常に毅然とした者に、付け入る隙が無いのと同じように。

では、隙とは何か。
あなどる【侮る】心である。

獅子は、小物を狩るにも全力を尽くし、決して侮る事はない。
昨今の事象を視るに、小物を勢いづかせ凶悪化させた感がある。


一例を挙げれば、子供の虐待死、イジメ、誹謗中傷の類いは、全て弱い者を標的にした犯行である様に、全て自分より弱い者を狙って居る事でも分かる。
全てを糾弾する事は難しいが、事無かれ主義は上記のような小物を助長させて居る事を知るべきである。

理不尽な事は、理不尽だと言える社会を構築するには、私達一人ひとりが毅然たる対応をする事が急務である。
一人では無理な事も、志しを同じくする者が一丸となって迎え討つ事により、最後は消滅する。

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私達は、理不尽に泣く人に寄り添い、共に闘う覚悟である!
一人は皆の為に、皆は一人の為に。
安心出来る環境を取り戻しましょう。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


一度ひどい目にあってしまうと、また同じような目に合うのではないかと、
必要以上に心配したり、心が不安でいっぱいになって、なかなか行動できなくなったりしまったりという事があると思います。
自分よりも弱い者、簡単に言う事を聞かせる事が出来るであろう者をターゲットにしている狡猾な輩は、そんな様子に敏感です。

共に戦う仲間がいれば、怖がることなどないのだと、力や勇気が湧いてきます。
その強い気持ちが隙をなくしてくれることと思います。


今日もありがとうございます

慈葉



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# by jiyou-925 | 2018-11-12 06:00 | 永作師僧からの便り

金剛山赤不動明王院 永作優三輝師僧のもとで霊的真理を學ぶ慈葉のブログです


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