密教817 エゴイズム


エゴイズム
自分の利益をもっぱら重視するあり方。利己主義。
利己主義的な人はエゴイストと言う。

実用日本語表現辞典より


正に利己主義、傲慢の極みである!
エゴイズムを通したい者は、失意の内に滅びます。

何故か?
これは、当然の法則なのです。



例えば、男女の関係《夫婦》では顕著に表れます。
結婚出来るまでは、優しく献身的だった人が急変する。

私が書かなくとも、お分かりの方は数多く居られると思います。
これは、傲慢さを隠蔽しなければ相手にされ無いからである!


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私は考えます。
傲慢さを貫き通したいのなら、一人身を通す事をお勧めします。


何故なら、因縁を《カルマ》増大させるだけだからである《男女共に》
夫婦とは學び合いであり、相手を傷付ける目的で成立するものでは無い。


例えば、収入を例に挙げた場合、俺がお前を食わしてやって居ると考え、
言動に出す者は傲慢であり稚拙である。
また、養うのが当たり前と思う人も傲慢である。

この、いずれの者も傲慢である。

共に助け合い、共にいたわり合い、共に解り合おうと努力する事に真理が芽生えるのである。

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人間が何故、生を受けるのか?
答えは簡単である。
不完全だからである。

完全体なら、學ぶ必要も何も無いのである


人間界に覚者は存在しません。
何故ならば、覚者ならば現界に存在する必要が無いので昇天して居るはずです。

以上の事を理解すれば、男女の差など無い事がお分かり頂けるはずです。


共に助け合い、努力を重ねる姿こそ御仏が望む姿なのです。
いがみ合い、憎しみを重ねるのであれば、一人で生きる事をお勧めします。

それを、人は《他人》孤独と表現するでしようが、孤独ではありません。


気高く生きる為の選択である《男女共に》
孤独では無く、孤高を選択する事もあるのです。

學びに生きる事は、自分の人生を生きる事に繋がるのです。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


完全体であれば、生きて居る必要はない。
ゆえに、自分がいつも正しいということはありえないということを
私達は、しっかりと理解しなくてはいけません。

自分が不完全であると認識しなければ、何を聞いても何を見ても學びにすることは出来ませんし
他者との軋轢を生むばかりです。

人生の學びとは、「霊性を開花させ特殊能力を身に着ける」とか
「天から授かった御役目に生きる」とか
そういった事ではなく、もっと現実的なものと私は思います。

自分自身を成長させること
それこそが「魂の御役目」であると私は考えます。

そのために必要なことは、自分を客観視する冷静な目と反省する謙虚な心です。

あそこの神社のお守りを買った、有名な霊能者からお札を授けてもらった
開運するパワーストーンやアイテムを買った、…
こういった事が自分を成長させるのではありません。

耳障りのいいセリフに浮かれ、耳に痛いことは聞かない、受け付けないという態度でいては
學びから遠ざかっていくばかりですね。


今日もありがとうございます

慈葉



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# by jiyou-925 | 2018-06-22 06:00 | 永作師僧からの便り

密教816 ご近所トラブル


当院では、様々な相談が寄せられます。

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今日は、その中でも、特に身近な問題についてお話ししたいと思います。


近年多いのが、ご近所トラブルである。

些細な事や、身に覚えの無い事で、事件にまで発展する場合がある。

まずは、相手の人間性を観察して下さい。
それから、何故そうなったか?を分析する必要かあります。


何故分析が必要か?
繰り返さない為にも重要な事である。


大体、問題を起こす人は、誰とでも大なり小なり問題を起こして居ます。


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何故か?
魂年齢が低く、理解力、包容力が低下して居るだけではない。
傲慢である事に、自身が氣づいて居ないから問題を起こすのである。


そして、この様な事案が、日本中で増加して居る事を皆さんもご存知ではないでしょうか?
いつでも何処でも、起こりうる事なのです。


では、その根本にあるのは何か?
価値観の幼稚化が原因と考えます。

思いやり、優しさ、礼儀作法を知る人で、上記の様な人は居ない!



では、遭遇した時はどうしたら良いのか。

自分にやましい事が無ければ堂々とし、下手に迎合などするものでは無い。
増長させるだけである!


しかし、怖いと思う人も居るで有ろう。
警察に相談しても、事件が発生するまで動かないのが警察である。


こんな時にこそ有効なのが、霊的結界法である。
ここで説明する事は簡単ですが、悪用を避けるためには書けないのが現状です。



当院には、様々な結界法がある。
例えば、家全体を包む法、アパートなら本人の部屋だけを包む法。
また、個人を包む法も存在します。


しかし、強い法には逆の効果もある事を知らねばならない。
従って、生かじりの者が出来る事では無い事を知って置いて下さい。
《詐欺の被害に合わない為にも、必要である》



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


トラブルが生じた場合、話が通じる相手であればよいのですが
近年では、一方的な言いがかりをつけて相手を攻撃し、
それが殺傷事件にまで発展することも少なくありません。

何かあってからでは遅いですし、自分や大切な人の身を護れるように
ドライブレコーダーや防犯カメラ、ボイスレコーダー等、証拠がとれるものををいつでも準備しておくこと、そして、自分の身は自分で守るという意識が必要なのだと思います。

こういった物理的な方法の他に、霊的なバリアである結界で身を護ることもできます。
法を用いて結界を張ることは、もちろん霊的なトラブルにも対処できますが
ネットや本で見知った方法を安易に試すことは、逆にトラブルを悪化させる場合もあります。

生兵法は怪我の元です。
霊的なトラブルであれば、信頼のおける専門家に相談したうえで
指示された方法を自己流や勝手なアレンジを加えずに「そのまま」実行することが大切です。




今日もありがとうございます

慈葉



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# by jiyou-925 | 2018-06-21 06:00

ハリボテで満足ですか?


祈りの雫の香りに包まれて数息観を行っているとき
御本尊さまと時間を共に過ごさせて頂いているというありがたさに、しあわせを感じます。

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私の場合ですが、吸う息に御本尊さまからの慈愛を感じ、
その愛を体中の隅々にまで行きわたらせるイメージで、鼻から深く息を吸い込み
不要なものを吐き出すイメージで、口から細く長く息を吐きます。


そうしていると、反省すべきことや気をつけねばならないことなど様々なことを考えますが
それを「雑念」と打ち消してしまわずに、呼吸しながらしばし思考に沈みます。



昨日は「言葉使い」について考えていました。

永作師僧は『言葉を大切にしなさい。言葉の乱れは国の乱れである』と、
私達に繰り返し教え諭してくださいます。

これは、丁寧な言葉使いを心掛けることはもちろんですが
そこに相手への気持ちを乗せて言葉を発する、文字にするという『心遣い』を大切にしなさい、という
意味も含まれているのではないかと思いました。


自分では丁寧な言葉を選んでいるつもりでも、それが真心からの言葉でない場合には
慇懃無礼になってしまうものです。
高飛車で上から目線の言葉を誰が喜ぶでしょうか。


必要以上に自分を良く見せたい、相手より上の立場でありたいという
つまらないプライドが見え隠れする様子は、「私は傲慢です」と言っているようなもので
そこから尊敬や謙譲の精神を感じ取ることはできません。



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學ぶ人は皆、謙虚です。
私達、赤不動明王院一門のブログをお読みいただくとおわかりになると思いますが
誰一人として、永作師僧の言わんとすることを自分の言葉にすり替えて歪めて伝えたり
虎の威を借る狐のように、御本尊さまのご威光を笠に着て尊大ぶる人はおりません。


全く身に着いていない難しい言葉や専門用語で武装してみても
所詮、ハリボテでしかありません。

ハリボテにならないためには、やはり反省と気付き、そして學びが大切なのです。


人々が皆、優しく愛ある言葉を発する世の中になることを切に願い
自分も謙虚であるように、気を付けて参りたいと思います。


慈葉



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# by jiyou-925 | 2018-06-19 19:00 | 慈葉日記

密教815 予習と実践


弘法大師空海が唐に御渡りになる以前、野山を駆け回り、18年の歳月をかけた話はあまりにも有名である。
そして長安に入り、凄まじい勢いで語学を身に着けた。
青龍寺の門を叩いた空海は、恵果阿闍梨に金胎両部の伝授を僅か3ヵ月で授かった。

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…5月になると空海は、密教の第七祖である唐長安青龍寺の恵果和尚を訪ね、以降約半年にわたって師事することになる。
恵果は空海が過酷な修行をすでに十分積んでいたことを初対面の際見抜いて、即座に密教の奥義伝授を開始し、空海は6月13日に大悲胎蔵の学法灌頂、7月に金剛界の灌頂を受ける。
ちなみに胎蔵界・金剛界のいずれの灌頂においても彼の投じた花は敷き曼荼羅の大日如来の上へ落ち、両部(両界)の大日如来と結縁した、と伝えられている。

8月10日には伝法阿闍梨位の灌頂を受け、「この世の一切を遍く照らす最上の者」(=大日如来)を意味する遍照金剛(へんじょうこんごう)の灌頂名を与えられた。この名は後世、空海を尊崇するご宝号として唱えられるようになる。このとき空海は、青龍寺や不空三蔵ゆかりの大興善寺から500人にものぼる人々を招いて食事の接待をし、感謝の気持ちを表している。

画像・文章ともWikipediaより抜粋



私が考えるに、どんな事でも諦めずに、今できる努力を積み重ねて行く事に意義があるのです。


古い言葉に、習うより慣れろがあります。
また、武術の世界で例えれば、柳生流秘伝に曰く『習いを離れて、習いに違わず』


格好ばかり気にして本質を忘れては、何の意味も無くなります。


例えば、皆さんが食事を摂る時に、意思して箸を掴み、茶碗を取りますか?
普通は、ごく自然にその動作になるはずです。

それを、ガチガチに意思して行った事を考えて下さい。
まず、どんな美味も味気ないで有ろう。

ましてや、仏様にお接待申し上げる側がガチガチになり、御給仕したとしたらどうでしょうか。
余りのぎこちなさに、接待される仏様もお疲れに成られるのではないでしょうか。


どんな修法でも、練習、修練は欠かせません。
一度、二度三度と學ぶ事が大切なのです。

私が若い頃、葬儀の場で上がってしまい、苦慮した経験があります。

その時から、私は練習に練習を重ね、現在に至るまで修練を積んで参りました。
誰でも恥はかきたくない。

しかし、恥を恐れて諦めて仕舞えば、全ては水泡に帰します。
練習出来る時に、率先して練習する事が成功への最高の早道と考えます。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


何事も練習を積んでこそ、実力が養われていくのだと思います。
最初は自分が思ったように出来なくても、練習を続けることで、
どんな場合でも慌てたりせずに、臨機応変に対応することが可能になっていくのだと思います。

護摩法であれば、仏様を心からお慕いする気持ちが
挫けそうな心を鼓舞してくれるのではないでしょうか。

自分を精一杯もてなそうと努力を重ねている姿を、仏様はきっとご覧になっておられます。
上手くできるようになっても、傲慢になることなく一途に頑張ることが大切ですね。

今日もありがとうございます

慈葉


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# by jiyou-925 | 2018-06-16 06:00 | 永作師僧からの便り

密教814 護摩法


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密教の護摩法は、確認出来る経典として知られているだけで、百数十あります。
それらを全て把握するのは至難の業である。



私は、弟子達に教える時、全ては仏様との折衷を説いています。
何故か?
護摩法は、究極のお接待法だからである。


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接待には、御給仕、料理、料理法が肝心なのは言うまでもありません。


護摩も同じである。
但し違うのは、お客様が仏様だと言う事でです。


こちら側が緊張の余り、粗相は出来ませんね。
しかし、誰でも最初から、万遺漏無きに出来るはずは有りません。


訓練、練習を重ねてこそ、一人前になるのである。
私の若い頃は、練習に次ぐ練習でした。


それを御指導下さったのは、自坊の師僧ではなく他の大徳でありました。

私は大徳を尊敬し、優しさを學ばせて頂きました。
当院でも同じようにしたいと考えます。

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護摩は練習あるのみ。
作法は大切ですが、作法、作法に捉われて本質を忘却する時、ただの流れ作業になるのである。

これでは、只の焚き火である。
当院では、カリキュラムを用意して、心ある方の指導に力を入れて参ります。



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


密教塾で先行配信されましたが、赤不動明王院では風呂敷護摩の伝授希望者を募っております。

お護摩は究極のお接待
『仏様に折衷していただけるようになりなさい』との師僧の言葉は
ここに繋がってくるのか思いました。
知らない人にいきなりお招きされても困惑しますよね。

お客様に気持ちよく過ごしていただこうと思えば、
招いた側はお客様の好みを考えたり、喜んでいただけるように工夫を凝らしたりします。
そして、同じ時間を共有することで、より親しくさせていただけるようになったり、
よい関係を築いていけるようになるのだと思います。


私も御本尊さまとの折衷を目指して、数息観、同氣法を続けております。
行を重ねるなかで思うのは、御本尊さまとご縁を頂けたことの喜び、
そこから繋がる良き師や頼りになる姉弟子、お弟子仲間の皆様と出会えたことに対する感謝の想いです。

いつかこの感謝の気持ちを究極のお接待で表せたら…と夢は広がりますが
それにはまず折衷していただけるように、目の前の事を頑張りたいと思います。


今日もありがとうございます

慈葉


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# by jiyou-925 | 2018-06-15 06:00 | 永作師僧からの便り

金剛山赤不動明王院 永作優三輝師僧のもとで霊的真理を學ぶ慈葉のブログです


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