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密教1332 寛容な心

他人の誤ちを責めれば、倍のカルマを積む事に成る。
兎角、他人の誤ちを責めたく成る気持ちは分かるが、
それが自らのカルマを積む事に成る事を知れば出来無いであろう。

責める事は簡単であり、許す事は難しいであろう。
増してや内情も知らず、上辺だけを観て責め立てる行為は如何なものであろうか。

責める、責め合う行為に、未来もしあわせも無い。
その逆に、認め、認め合う姿勢、行為には、発展、未来、調和、
様々なしあわせへの道が開けて居るのです。

寛容とは無条件に全てを許す事ではありません。
智慧と理性の裏付けが必要なのは言うまでもなく、根底に愛が無ければ
傲慢に成り兼ねないのである。

そして、親が子に、子が孫に教え伝える時、其処に開くのは、日本に古くから伝わる
寛容の教え文化である。

罪を犯せし者であろうと、真に反省し善に務める時、霊界もそれを認め
許しの道を開かれるのである。
許しの道は、偽りでは未来永劫開かれる事は無い。
人間界では偽りを見破れ無くとも、霊界では通用しない。
全ては白日の元に晒され、偽った事の罪も加算され、無間地獄、阿鼻地獄に學ぶ事に成るのである。

地獄は落とされると考えて居る人が多いと思うが、それは誤りである。
地獄は落とされるものでも、与えられるものでも無い。
己が率先して選択し、進み行く階層である。

密教の経典には明確にそれが記されている,。
解釈は自由だが、本質を変える事は何人も出来無い。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


地獄へ自ら赴くには、そこに反省という気持ちがなければ
行けるものではないと思います。
現世においては、自分のしたことの何が罪なのか、何が問題だったのかを
理解できない人も多い印象がありますが、靈界では否が応でも向き合わされ
地獄での反省を、自ら選択せざるを得ない状況に追い込まれるのでしょう。

本来であれば、生きているうちに己が過ちに気付き、反省し、行動を正していくことが
因縁を解消し、魂を向上させることにも繋がります。

「何故生まれ、何故生きるのか」を、深く考え自らの内に落とし込んでこそ
真に寛容になれるのではないでしょうか。

今日もありがとうございます

慈葉


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# by jiyou-925 | 2020-01-18 06:00 | 永作師僧からの便り

密教1331 治癒力【復活】

人間は極限に立たされた時、自らの中で様々な葛藤に苦しみ、
ある者は絶望し、ある者は最後の戦いに挑む今般、私も癌を発症し五時間の手術の末に生還した。

大腸癌と肝臓癌である。
そして生還した現在、手術前より氣は高まり充実して居る私は、
戦いを挑むより折衷する事を選択した。
どんな事にでも言える事だが、始めから対決姿勢を示す事は得策とは言い難い。
何故ならば、対決姿勢に調和は望め無いからである。
【宣戦布告】
争いは悲しみしか産まないからである。


個人の体内に置き換えて考えても同じである【病気】氣の病いである。
不調和、不協和の結果では、無いだろうか。
長年の蓄積や、身体からの悲鳴に似た危険信号なのである。
私事だが、身体からの危険信号にもっと早く私が氣付いて居れば、
身体を切り刻む事も避けられたかも知れ無いと思えば、反省しか無い。
また、上記以外の避けられ無い病いは、愛の學びと捉え
俯瞰し學びに特化する時、必ずや答えはもたらされます。
悲観、絶望からは、何事も好転しない。
折衷し達観する努力を続ければ、得られない答えは無い。

私は今回の入院で、様々な事を學ばさせて頂いた。
一例を挙げれば、病院側のミスに依り私の上に起きた事である。

下手をすれば手術延期に迄、発展する事態で有ったそれは、薬剤師のミスに依る
投薬遅れが原因であった。
その結果、私は手術当日の数時間前まで苦しむ結果に成ったが、手術は無事成功し今日がある。
その後も二度も投薬ミスが有ったが、私は霊的能力で未然に回避し事なきを得たが、
決して怒りはしなかった。
薬剤師、看護師長、医師が謝罪をしに病室に来られたが、私は言った。
私で良かったと、私で無ければ他の人が苦しむ結果と成り、最悪の事態にも成り兼ねないからである。

人間は間違いを犯すもの。
大切なのは反省し、二度と間違えを犯さない事である。
その後の私の入院生活は、入れ替わり立ち替わり看護師さん達の相談で賑わいを呈した【苦笑】

あるデータで言えば、人間の緊張感は最大で四十分が限界であり、それ以上は持たないと言う。
ダラダラするのでは無く、良い緊張感を持続させる事が良い。
相田みつを氏の言葉を引用させて頂けば【人間だもの】である。

私の医学的治療はこれからも続くが、良い人達との縁もまた開け、しあわせである。
私に残された命を今迄以上に昇華させ、私に救いを求める方々の為にまだまだ頑張ります。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


極限の状態のなかにあっても、絶望せずに活路を見出そうとする姿勢が
しあわせを呼び込む秘訣なのかもしれません。

苦しみに身を任せ、何事も諦めてしまえば楽になれるとわかっていても
諦められなかったり、どんなにみっともなくても足掻こうするのは
そこに情熱があり、未来に希望を持っているからに他なりません。

人間が生きる意味も、そこにあるのではないでしょうか。

「今」の先にあるしあわせは、生きていてこそつかみ取ることができるのですから。

師僧の無事のご退院に安堵致しました
今日もありがとうございます

慈葉


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# by jiyou-925 | 2020-01-17 06:00 | 永作師僧からの便り

密教1330 謹賀新年

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今年、赤不動明王院は、宗教法人に向けて始動します。
皆様の安寧を心より御祈念申し上げます。

金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝



新年あけましておめでとうございます

このブログをお読みくださった方々へ厚く御礼を申し上げます
新しい年が皆様にとりまして幸多き年となりますよう
心よりお祈り申し上げます

どうぞ本年もよろしくお願い致します

令和二年 元旦

慈葉



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# by jiyou-925 | 2020-01-01 06:00 | 永作師僧からの便り

密教1329 身土不二【地産地消】

昔は今の様に交通機関が発達していなかったので、自家を中心として四里四方【十六Km】の物を食しておりましたが、現代では日本はおろか世界中の物が食べられます。

その昔は、野菜も家畜も全て自然の力と流れに任せて居た時代である。
当然、農薬など無い。
食品添加物などあろう筈が無い頃は、不自由もあったが添加物に神経を使う事も皆無でした。
現代では無添加品が評判を稼ぐ時代、何かおかしく無いですか?
このままの状態を続けて行く時、必ず何処かに歪みが来るのは必定と私は考える。
あなたの子孫の為にも考えて見ませんか。


昔の僧侶は様々な事を學ぶ事を要求されました。
薬学、地学、天文学と多岐に渡り、學ぶ事は地域に貢献する為で有った。

川に橋が無い時代では、雨が降り増水すれば川留と言い、
川を横断する事が禁止されておりました。
当然破れば罰せられる。
民衆は苦しくとも従うしか有りません。

今なら橋が有って当たり前の時代。
しかし、昔には橋を架ける技術も知識も乏しい時代である。
其処に立ち上がったのが有名な僧侶、行基大徳その人である。
溜池15窪、溝と堀9筋、架橋6所、その他の功績は多岐に及ぶ。
鑑真大和上と行基大徳は、拙僧が若い頃から崇拝する偉人である。

偉い人であろうが無かろうが、自分の家族を守れるのは、あなたしか居ないのです。
本当の安全【食の安全】を確保して、お子さんや家族に与えられる人は、あなただけなんです。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


添加物の危険は、食物だけに限りません。
例えば、無農薬・有機栽培の野菜を使った料理を作っても
それを乗せるお皿を合成洗剤で洗っていては、有害物質が残留している危険があるのです。

最近では、洗濯洗剤や柔軟剤もコンパクト、多機能になっていますが
それだけ成分も複雑になっていて、肌荒れやアトピーの原因になる場合もあります。

食器用洗剤も洗濯洗剤も、スーパーやドラッグストアに「普通に」おいてあるものなので
それを疑うことはないかもしれませんが、口に入れるもの、肌に触れるものを意識することで
物の見方が変わり、広告や香りに惑わされない目を養えます。


今日もありがとうございます

慈葉

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# by jiyou-925 | 2019-12-31 06:00 | 永作師僧からの便り

密教1328 般若心経秘鍵

【痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る】
【哀れなるかな哀れなるかな長眠の子、苦しいかな痛いかな狂酔の人】

上記は般若心経秘鍵の一説であるが、真に言い得て妙なり、現代を象徴して居る様である。
難しい解説は敢えて割愛するが、上記の文を咀嚼して考える事は、正に學びである。

自らを棚に上げ他人を干渉嘲笑、または批評する行為など、
自分の人生と真剣に向き合って考えれば、如何に無駄な事であるかに氣づく筈です。

生身の身体は無限に動くものでは無い。
今、若くハツラツとして居ても、やがて中年期を迎え、身体は衰えて行き
やがて嫌でも死と向き合わねばならない日が来るのである。
医学が進歩して癌や様々な死病が解消されても、人間の肉体は永遠には持続出来ません。

今を學ばなければ死の恐怖も克服出来ません。
上記で記した様な稚拙な事を繰り返して居ては、死を達観する事など到底出来ません。

私の経験で言えば、死なんか怖く無いと言う者ほど、自分の事となった時、
慌て死の恐怖に震え上がるものである。
その逆に、人生を學んだ人は静かに死を受け入れ、最後は安らかです。

皆さんも死を他人事と考えず、自らに置き換え考えてみては如何であろうか。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院
院主永作優三輝


「死」は、この世からの卒業です。

肉体を脱ぎ去り、本来の姿である魂に戻り霊界に帰るその時には
後悔や未練を残さずに旅立ちたいものです。

欲求や快楽だけを追い求め、刹那的な生き方をしていたり
人生を投げやりに、自暴自棄に生きていると、浮遊霊、未浄化霊の憑依を招き
破滅の道へと誘導されて「死」へ引き込まれることがあります。
悪霊に取り込まれては「卒業」はできません。

自らの人生を生ききって、「門出」を迎えたいものです。


今日もありがとうございます

慈葉


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# by jiyou-925 | 2019-12-30 06:00 | 永作師僧からの便り

金剛山赤不動明王院 永作優三輝師僧のもとで霊的真理を學ぶ慈葉のブログです


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