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密教438 瞑想と俯瞰

密教では、様々な瞑想に依り法力を得、実践に活かして居ります。
此処では具体的な事は書けませんが《模倣を防ぐ為》過去の偉人と言われる先人は
殆どの方が瞑想法を実践していた事は、歴史的事実であります。



瞑想法には、呼吸法を始めとし、観想することは欠かせません。
後は秘密ですが、この混迷する時代に精神を安定させ、様々な能力を引き出すには
密教瞑想法が最適と考えます。




瞑想法に依り、心を安定させ、自身を俯瞰する時、様々な事実があなたを目覚めさせ、
正しい道に誘われると、私は信じます。

横道に逸れた自分を修正し、穢れ無い頃の自分に回帰するとき、
あなたは内面から輝きを取り戻し、理性と知性を身に着けます。




人間は、不思議を追い求めれば堕落し、理性を育めば知性を生み出します。

あなたは、不思議を追い求めますか?
俯瞰し、知性を育みますか?
全ての選択は、自由意志の上にあるのです。



人の一生は、長くもあり、短くもあります。
生き方を誤れば、その後の人生を悲嘆に暮れて生きねば成りません。


人生を無駄無く生きるには、理性と知性が必要に成ります。
不思議と好奇心に終始するか?
俯瞰し理性と知性を學ぶか?


自由には、責任が伴います。
責任の無いj自由など存在しません。
最後に人間は、己れが生きた様に死んでいきます。
聡明なあなたなら、お判りになる筈である。
生きるとは學びであると。





南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



各種占いの当たった、当たらないから、〇〇の神様からのお告げ、天使からのメッセージなど
私達のまわりには、「一過性の不思議」がたくさん溢れています。

それに一喜一憂しながら生きていくのも
自分のなかにブレない軸を持ち、不変の真理を學んでいくのも自分の選択次第。


流行や人気といったものに惑わされ続けていると
問題の本質を見誤ってしまう可能性があり、
お金も時間も無駄に搾取されてしまう危険性も潜んでいます。

自分自身で問題を解決しなければ、いつまでも同じような問題で躓いてしまいます。
スピリチュアルがお好きな方は、あっちのお告げ、こっちのチャネリング、と
いろいろ試したくなってしまうと思いますが、そればかりでは根本的な解決にはならないのです。

自分で考えなければ、知恵は浮かばず
知識も身に付きません。

不思議に流されず、考えてみませんか?

今日もありがとうございます*



by jiyou-925 | 2017-01-31 06:00 | 永作師僧からの便り

密教437 ベストパートナーとは?


皆さんの求めるベストパートナーとは、どんな方ですか?


①一流企業に勤め高収入
②イケメン、高身長
③持ち家、高額預金者
④医師、弁護士、その他

以上のことを重視して居る方は、これから私が書くことはご覧にならない事をお勧めします。






物質的価値観を重視する人に、安心立命は理解できない事である。
それならば難しい思想などに入らずに、物質的価値観を追い求めて居る方が楽である。

安心立命
心を安らかにして身を天命にまかせ、どんなときにも動揺しないこと。
人力のすべてを尽くして身を天命にまかせ、いかなるときも他のものに心を動かさないこと。

▽初め儒学の語であった。仏教語では「あんじんりゅうめい」「あんじんりゅうみょう」と読む。「心」は「身」とも書く。また「立命安心りつめいあんしん」ともいう。

私は仕事柄、大勢に方のカウンセリングをして参りました。
経験上言える事は、真に物質的価値観を理解していない方は、必ずと言ってよいほど道を誤ります。
そして、執着心をも捨てる事がが出来ず、迷いの中を彷徨うのである。

俯瞰して見れば簡単に解る事が、物質的価値観を持つ人には、苦しく難解な題材なのである。




人の判断は、物質では無い。
心根である。

どんなに美形であろうと、財を持とうと人間性が卑しければ価値に値しない。

貧しくとも、美形で無くとも、優しく相手を気遣い、
富める時も病める時も、相手を気遣い静かに生きる時、真の人間力が培われます。






美にこだわれば、老いを醜悪と嫌い、様々な施術に終始し、人生の學びから遠ざかり
富に執着すれば、餓鬼道に堕ちる。


慎ましく生きる學びを極めれば、御仏を現じる。

男性であれ、女性であれ、真のベストパートナーを望むのであれば、
先ずは、相手を気遣う心を養うべきである。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


なんでも自分の思い通りに事が運ぶとき、そこに魂の成長はありません。

一人が二人になって、お互いが自分中心の考えでは衝突が起こります。
面倒事は、誰だって避けたいものですが、
二人でいることを選択し、今後もずっと相手と過ごしていくためには努力も必要です。

それは、一方だけが我慢を強いられるということではなく
どうやったらお互いが納得し、お互いが気持ちよく過ごせるのか?

卑屈になることなく、自尊心を保ちながら(自惚れとは違います)
二人で解決していくことで、絆が深まってゆくのだと思います。

喜びは倍に
悲しいことは半分に

そうやって問題を解決していけば、お互いへの愛情が深まるごとに、
二人の魂は成長していくのではないでしょうか。


恥ずかしかったり、照れてしまったりして
愛の言葉が言えなくても
サプライズなんか無くても
「ありがとう」の一言があれば、毎日を気持ちよく過ごしていけると思います。



あなたのパートナーは、いつも笑顔を向けてくれますか?

幸せにしてもらうことを期待するのではなく、二人で幸せを育んでいきましょう。

今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-01-29 06:00 | 永作師僧からの便り

密教436 イジメと奢り

イジメの一環である奢りは恐喝である!!

子供の間での多額の奢り強要問題で、教育長がイジメとは認定できないという見解を示したが
大人なら当たり前に、恐喝行為であり犯罪である!!
こんな簡単な論理が教育長の立場である者が認識できないとは、情け無い実情である。

“150万円の支払い” いじめ認定は困難 横浜市教委 | NHKニュース

原発事故で、横浜市に自主避難してきた生徒がいじめを受けていた問題で、
生徒側が、同級生におよそ150万円を払わされていた行為もいじめと認定するよう求めていることについて、 横浜市教育委員会は、認定は難しいという考えを示しました。
この問題は、原発事故で横浜市に自主避難してきた現在、中学1年の男子生徒が、転校してきた小学校でいじめを受けていたもので、生徒側は、同級生に遊ぶ金としておよそ150万円を払わされていた行為が、いじめと認定されなかったことについて、市側に改めるよう求めています。

これについて、横浜市教育委員会の岡田優子教育長は、20日、開かれた市議会のこども青少年・教育委員会で、「関わったとされる子どもたちが『おごってもらった』と言っていることなどから、いじめという結論を導くのは疑問がある」と述べ、いじめと認定するのは難しいという考えを示しました。

参考資料


正に、今の日本を象徴する様な出来事である。



今、隠れた闇が台頭しつつある。

いつの時代にも闇は存在するが、今、問題なのは、責任ある立場がある人間が、正しい認識と判断がアヤフヤである点を見逃してはいけない。

画像お借りしています 著作者:Stf.O


東京の市場移設に関わる疑惑もアヤフヤな回答に終始し、問題がズレようとして居る現実も然り。
韓国人窃盗団の仏像窃盗もアヤフヤに成っている。
泥棒を認めない国民性?
金だけ日本から貰い乍ら《私達の税金》約束を守らずアヤフヤにする態度は、信義にもとる行為である。

信義にもとる
読み方:しんぎにもとる
別表記:信義に悖る

信頼に基づいて成り立っている人間関係において、ある人物の態度や行動が不実であったり、道義に反していたりするなど、信用を著しく損なわせるものであることを意味する表現。

実用日本語表現辞典より


数え上げればキリが無いが、この現象を皆さんはどう捉えますか?
全てはアヤフヤ思考の果ての事である。

正しい事を正しいと言えない、正しい事の判断が出来ない者達が増えている現実を直視してください。


あなたには、解るはずである。
アヤフヤ思考は、全てを腐敗させます。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


横浜市イジメ認定についてのニュースを聞いた時、私も耳を疑いました。
「小学生が」「おごりおごられの関係で」「150万円を支払う」???
それって、とても普通の感覚とは思えません。
しかも「イジメ問題」が絡んでいるのに、そういった見解を堂々と出せる「教育委員会」がマトモだと思う方は居るのでしょうか。。。

親としては恐ろしくなるばかりです。


今の社会は、全てがあやふやな、覚束ない世の中のように感じます。
今までの常識が通用しない、当たり前が当たり前じゃない、
誰が、いつ、どうなるかわからないという不安ばかりが大きくなって
何を信じたらいいのかわからない、という感覚に陥ってしまいそうな方もおられるかもしれません。




本当に信じられるものは、真理だと思います。
真理を知るためには、自分で學んでいくしかありません。



自分の身に問題が降り掛かってきたとき、誰かのせいにして人を責めるのは簡単です。
しかし、それでは根本的な解決には至りません。

最後に信じられるのは、結局、自分自身しかいないのです。
自分で考え、判断することは、時に痛みをもたらすこともありますが
それを怖がっていては、前に進めないこともあるのだと思います。
自分で物事を見極め、判断していくために、真理を知る努力をしていれば
痛みも最小限に抑えられるのではないかと思います。

「天は自ら助くる者を助く」ですね。



御本尊様や師僧、兄弟弟子の皆様に教えを乞いながら
私も學んでいきます<(_ _)>

今日もありがとうございます*



by jiyou-925 | 2017-01-28 06:00 | 永作師僧からの便り

密教435 秘仏の定義

秘仏と言うと何だかおどろおどろしいイメージを持つ方も居ると思うが、
それは誤りである。

その昔、日本に廃仏毀釈、神仏分離令という馬鹿げた法律が発布され、
貴重な文化財が破壊された時代があった。

廃仏毀釈
(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)とは、仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃し(破壊)し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。

日本においては一般に、神仏習合を廃して神仏分離を押し進める、明治維新後に発生した一連の動きを指す。

(Wikipediaより引用)


神仏分離
神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。

(Wikipediaより引用)


明治政府による神仏分離令と廃物希釈(簡単なまとめ)

平安時代以降、日本では神道と仏教が密接に混じりあい、独自の文化を形成していましたが
幕末、明治維新により新政府が誕生すると、天皇を中心とした中央集権国家を作るため(王政復古の大号令)神道国教化の政策が打ち出されました。
仏教排斥を目的としたものではなかったものの、これがきっかけとなり廃仏毀釈運動が全国でさかんに行われ、寺社や仏像が破壊されたり、あちこちで鎮守の杜の木々が伐採されるなどし、
結果的には、国史において重要なものや、価値のあるものが多く失われることとなりました。



日本が生んだ偉大な学者である、南方熊楠(みなかた くまぐす)先生は、
廃仏毀釈、神仏分離令に真っ向から反対し、明治天皇に言上したが聞き入れられず
貴重な文化財も、貴重な建物も、それに付随する植物も全て破壊され、
日本から消えていったのである!!

正に愚行である。


■南方熊楠(みなかた くまぐす)
1867年5月18日(慶応3年4月15日) - 1941年(昭和16年)12月29日)は、日本の博物学者、生物学者(特に菌類学)、民俗学者。

菌類学者としては粘菌の研究で知られている。主著『十二支考』『南方随筆』など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語に長けていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。「歩く百科事典」と呼ばれ、熊楠の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。


1906年(明治39年)末に布告された「神社合祀令」によって土着の信仰・習俗が毀損され、また神社林(いわゆる「鎮守の森」)が伐採されて固有の生態系が破壊されてしまうことを憂い、翌1907年(明治40年)から神社合祀反対運動を起こした。今日、この運動は自然保護運動、あるいはエコロジー活動の先がけとして高く評価されており、その活動は、2004年(平成16年)に世界遺産(文化遺産)にも登録された熊野古道が今に残る端緒ともなっている。

(Wikipediaより引用)

その後、日本は軍国主義の道を走り、最後は敗戦と犠牲者の屍の山を築いただけだった。



一度破壊された文化遺産は、二度と復元は不可能である!!

秘めた祈りの世界は、やがて秘仏と成り、寺では拝観を止め、現代に至る。

参考資料:法隆寺 救世観音像


私は昔、隠れキリシタンの家系の方から、その昔受けた迫害の事実を聞いた。
その迫害は、終戦後まで続いたという。
そして、キリスト像、マリア像を秘仏として信仰を続けたのである。


当院では、後世に残すべく、現在、純銀の宇賀神尊像を制作中である。

参考資料:宇賀神尊像

純銀の宇賀神尊像の胎内には、舎利と経典を納め、
古来、密教の尊像と同じく胎内胎内納経、胎内仏を入れるべく準備を進めている。

当院では、今後も失われた秘仏を現代に甦らせる為に、努力して参ります。

秘仏、純銀製宇賀神尊像をお迎えしたいとお考えの方は、お早めにご予約ください。
数には限りがあります。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


秘仏とは、字の如く信仰上の理由で秘されてしまった仏像のことです。
厨子に納められていたり、拝殿そのものが閉ざされていたりして
御開帳も、年に数回から何十年に一度、あるいは絶対秘仏など様々です。


禁教、廃仏毀釈、火災などで、木や石を材料にした仏像の多くが失われました。
また、経年劣化も避けられないものであります。

師僧は世界各国を旅され、残された秘仏の共通点が「純銀製である」ことに着目されたのです。

※以下抜粋
純銀は、毒素や汚染をいち早く感知し変色します。
そして、純銀の特性として、変色をある簡単な方法で新品同様に復元できるのです。

古代の人の知恵は、驚愕に値します。
当院でも現在、様々な秘仏の復元に着手しておりますが、全て純銀で製作しております。
魔のエネルギーも、有害物質と同じように金属を変色させます。

純銀は、様々な変化を私達に教えてくれます。
先人の知恵から生まれた銀製の物は、現代でも私達に様々な事を教えてくれるのです。



宇賀神様は龍頭蛇身の福の神様
千と千尋の神隠しで、汚れきった身体を癒しに油屋に現れ
大量の薬湯で汚れを流し、油屋一同の力で胎内からゴミの山を引き出された後、
千に苦団子を渡して飛び去っていった神様です。


今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-01-27 06:00 | 永作師僧からの便り

密教434 詐欺、迷惑メール

昨今、多いのが詐欺と迷惑メールである。
迷惑メールに嫌気がさして、アドレスを変えた方も少なく無いと思います。



私の元にも来ますが、霊視すれば全てが分かりますが、そんな輩の霊視をして居るほど
私は暇ではない。
しかし、実害が出ては行け無いので、近々、キツイ祈祷を行います!!

まず、イタズラに迷惑メールを配信して居る者に式神を放ち、〇〇に成り反省の機会を与えます。
それでも解らない場合は、呪縛を掛け徹底的に〇〇します。
密教には、式神を作り《練り上げ》使役する法が何通りも存在します。


式神/識神
陰陽道(おんようどう)で、陰陽師が使役するという鬼神。変幻自在な姿で、人の善悪を監視するという。しきのかみ。しきじん。しき。
参考資料



過去に公害企業が反省せず、被害者に苦しみを与え続けた時、僧侶が呪殺団を結成し
公害企業を呪縛し呪殺した事は、あまりにも有名な実話である。
密教僧には、いとも簡単な事である。人を騙し陥れる者どもを、私は許さない。

参考資料

公害企業主呪殺祈祷団

1970年(昭和45年)9月に日本の公害問題に対し、公害の原因となる汚染物質を垂れ流す工場・企業の経営者を、密教の呪術によって地獄に連行すると宣言し、
まず、四日市ぜんそくの発生源となった加害企業の三重県四日市市の四日市コンビナートを訪れて、続いてイタイイタイ病の発生源となった岐阜県の神岡鉱山や
イタイイタイ病の鉱毒汚染の被害があった富山県婦中町や、新潟水俣病の加害企業が立地していた新潟県新潟市の加害工場を訪れて、公害呪術の対象とした。
呪殺修法の作法は密教で、移動中は日蓮宗の唱題を行った。当時の法律家の見解として(科学的に死因と結びつかないので)不能犯であり、(特定個人や企業を対象としているわけではなく、あてはめるには自らが公害企業だと認めなければならないので)名誉毀損に該当しないとされた。

人を騙し得た金は、確実に騙した者に呪縛をもたらし、
最後には、肉は腐り七顛八頭の苦しみの中、命を滅ぼし、
魂は、未来永劫苦しみ続け、浄化する事は無い。
信じ無い者は、続けるが良い。但し後悔した時は、手遅れである!!
私は、警察では無い。逮捕も拘留も出来ないが、警察や法がやれない事を出来る。
この意味を理解できた者は、一刻も早く悪の道を離れ帰ることである。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


人を泣かせたり、阿漕なことをしている者には、相応の報いが必ずあります。

※密教276 霊的繋がりより
死後、犯罪者には、犯罪に応じた階層があり、同じ様な罪を犯した者同士が、
反省し、目覚めるまで、お互いに罪を犯し続けるのである。

騙し騙され、傷つけ傷つけられ、殺し殺されるカルマが繰り返されるのである。

これが本当の地獄の意味なのである。

この世で傲慢の限りを尽くせば死後は、虐げられ惨めさを味わい、學ぶのである。


師僧の記事にも何度も書かれていますが、「死に逃げ」は出来ません。
生きていようが、死んでいようが、自分で蒔いた種を刈りとるのは「自分」なのです。

人間の本質は霊的な存在です。
肉体を去る日が来た時、罪がリセットされるという都合のいいことが起こるはずもなく
在りし日の記憶は、消えることなく魂に刻まれ、一分一秒の安らぎも得られずに
自分の犯した罪・背負った負のカルマを清算するまで、苦しみに喘ぐのです。
こんな恐ろしいことがあるでしょうか?
生きていれば、苦しいことや辛いことがあっても、泣き疲れて眠りかけた一瞬などに
記憶が飛んだりすることもあります。時が経てば忘れることもできます。
ですが、死後は、意識体なのでそれがありません。

誰かのせいには出来ない
誰かを身代わりにはできない
「自分」が行ってきた嫌がらせや誹謗中傷が、倍以上の苦しみとなり
全て「自分」に返ってくるのです。

師僧が繰り返し仰いますが、生きているうちに氣付き、反省するほうがどれほど楽なことか。。。


人間は誰しも、時には間違ったり、苦しい思いをしながら生きていくのだと思います。
それは、魂を成長させるための試練である場合もあるでしょう。
間違ったり、憎しみや悲しみに苛まれたときに、自分自身を俯瞰し、氣付くことが大切なのだと思うのです。

生きているからこそ、行いを正すことができます。
生きているからこそ、希望を見出せるのです。
遅すぎるということはありません。
共に學びましょう。


今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-01-26 06:00 | 永作師僧からの便り

密教433 無念無想

無念無想の境涯には、中々に到達し難いが、心掛け無くては、それも無い。


無念無想
むそう‐むねん〔ムサウ‐〕【無想無念】

仏語。あらゆる想念を離れること。妄念のないこと

〘仏〙 心に何も思わず何も念じない状態。無我の境地。無念無想。
参考資料

写経や座禅、ヨガなどを通じて、こういった境地になることを
体験される方もいらっしゃると思います。
当たり前のことですが、自分の心掛けが無くしては、そこへ到達することはできないということですね。


拙僧は、若年の頃、諸流<<剣術、骨法、空手、杖術、暗器>>を學び
武術の道で生きて居りましたが<<道場経営>>母、父が相次いで他界、
菩提を弔う為に出家し早、四十年を重ね現在に至りました。

密教には、武術に通じるものがある事を知る方は、少ないのではないでしょうか。
密教の真髄は、様々ありますが、必要なのが、無念無想と私は考えております。


邪念、雑念は、無念無想を志す者には、無用であり、大敵と心得ることが肝心である。

師僧は常々、「理性的であれ」と仰っております。
それは、理詰めで物事を考えるといったことではなく、日頃から心静かな状態を保ち
様々な感情や情報の波に、惑わされたり、流されたりしないように気をつけなさい、
ということなのだな…と、改めてそう感じました。



他のために加持祈祷を天職と定め、生きると決めた瞬間から、無念無想を心掛け、
御本尊様に礼拝するとき、いつの間にか邪念雑念は消え、祈りとは何かに氣づく筈である。

当院御本尊様 赤不動明王尊

心静かに手を合わせるときに、真っ先に浮かんでくるのは、
自分を暖かく見守っていてくださる御本尊様と師僧、兄弟弟子の皆様への感謝です。
身体が暖かくなり、自然と涙が出ることもあります。
祈りとはなにか?もしかしたら、その答えは千差万別かもしれませんが
「愛」と表現できるものではないでしょうか。
御本尊様、師僧、兄弟弟子の皆様から頂くのも愛。
そして、誰かの為に祈る心も愛だと思います。


私には、数多くの弟子が居ります。
その弟子達が、己が力で、無念無想を悟り、他の方々の為に祈り、加持祈祷を会得し、
後世に伝えて行ける者に成る日を、私は願って止まない。

様々な障害があればあるほど、己が信じた道が、正道であると確信出来るのである。
他は、取るに足ら無いものを無視はするが、誹謗中傷はしない。


様々な誘惑、下世話な噂話…それらは「取るに足らないもの」なのです。
自分の人生に必要のないものに、足を引っ張られることはありません。
だから、そのことについて私たちがやいやい言う必要もないのです。

困難や障害が立ちはだかるのは、それが自分の學びの対象だからかもしれません。
克服するまでの道のりが厳しく感じられるときでも、
御本尊様は常に寄り添い、導いてくださるのだ…と思えば、心強くいられますね。


何故ならば、驚異に感じて居るから追い落とそうとするのである。

現在、イジメや様々な障害に悩んで居る方々は、自信をお持ち下さい。
あなたは、驚異に感じられるほどの隠れた力<<能力>>を秘めて居るのです。

他を平然と誹謗中傷して居る輩は、所詮、弱い臆病者なのだから!!

理不尽なイジメやハラスメントに心を痛めておられる方は、どうか自分を責めないでください。
「こんなことをされるのは、自分がいけないからだ」
「もう生きているのがつらい、消えてしまいたい」
現状が苦しいと、そう考えてしまう方も少なくないと思います。

誹謗中傷や、言いがかりをつけてくるのは、相手がそれだけあなたを意識しているからです。
あなたに対しての、「悔しい、憎い」といった感情を、
そのままぶつけてストレスを発散しているのです。
本来であれば、「何故、そういった気持ちを抱くのか?」と、それこそ「理性的に」考え
自分を俯瞰し、間違いに氣づくべきところだと思うのですが、厳しい言い方かもしれませんが
それができない「愚か者」なのです。



私は、今でも武術の鍛錬を欠かしません。
どんな名刀でも、手入れを怠れば錆び身に成り、やがては、朽ち果てます。
手入れを怠らず、磨く時、名刀は更に力を上げ、一丁ことある時はその力を発揮するのである。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

私は最近、寒さに負けてしまうことが多々あるので汗
そこから気をつけ、自分を律していこうと思います。
今日もありがとうございます<(_ _)>

※姉弟子を通じ、師僧のブログ記事を直接頂くことができるようになりましたので
書き方が変わっております。グレー文字で表記している部分は、私の見解になります。


by jiyou-925 | 2017-01-25 06:00 | 永作師僧からの便り

密教432 護刀≪守り刀≫

古来依り、名のある武将は、家名隆盛を祈願し刀鍛冶に命じ、

守り刀を建立し家の守りとしました。


ある武将は、産土神のおわせられる神社に奉納し、
ある武将は、家宝として、子々孫々に伝える宝剣として安置しました。

当院では、御本尊赤不動明王尊が認められた者に授けて居ります。
宝剣は、魔を切り、正しい者の身を護り、肉体には傷一つ付けません。

当院 所蔵 赤不動明王尊破邪の剣《 三鈷剣 》


宝剣の制作には、一流の専門職人が一槌一拝し作り上げて参ります。
其処には、鬼気迫る気迫さえ感じられます。

宝剣は、望んで得られる物では、ありません。
昔から、優れた道具は、持ち主を選ぶ特性があります。
当院では、金さえ払えば得られると云う者には、授けません。
全ては、御本尊様のお許しが得られた者に授けられます。

古来、坂田金時が魔物退治に用いた両刃剣は(※波切の太刀、波切丸とも)は、
現在、一億円の価値が付けられて居ります。
≪テレビのなんでも鑑定団に於いて立証済みである≫

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私は、これからも宝剣の制作に精魂を傾け、志しある者に授けて参る所存である。


南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



坂田金時の魔物退治

金太郎のモデルとなった武将
足柄峠にさしかかった源頼光と出会い、その力量を認められて家来となった。
名前も坂田金時(きんとき)と改名し、京にのぼって頼光四天王の一人となった(四天王には他に渡辺綱、卜部季武、碓井貞光がいる)。
当時は丹波の国の大江山(現在も京都府福知山市)に住む酒呑童子が都に訪れては悪いことをしていた。永祚2年3月26日(990年4月28日)源頼光と四天王たちは山伏に身をかえて大江山に行き、 神変奇特酒(眠り薬入り酒)を使って酒呑童子を退治した


by jiyou-925 | 2017-01-24 06:00 | 永作師僧からの便り

密教388 気は使うものでは無く

※お許しをいただいて過去記事をリブログしています。記事番号が前後しておりますがご了承ください<(_ _)>


気は使うものでは無く、氣は利かすものである。

昔、よく使われた言葉に、気が利かない奴、気を使わない奴、気を使え無い奴と
様々に、他を揶揄する言葉がありましたが、今は、死語の様である。

現代は正に、自分本意の時代。

他人の事より自分の事。

嫌なら辞める。

しかし、嫌なら辞めるが、出来ているうちは良い。
しかし、誰でも何時までも若く、チヤホヤされてている時は、短い。

人間は、老いれば、容貌は変化し、身体能力は、衰え、
気持ちは急ぎたくても、身体がついて来ない状況は、必ず来る。

その時に、氣が利かない生き方をして来た人は、哀れである。

何故か?

全て、他人の責任に転化するしか、生きる術が理解出来無い、
自己中心性しか、兼ね備えていないのです。

従って、他人に迷惑を掛けていると云う、意識も理性も、培われていない。

自己中心的な生き方が、背景に、特化し、自己憐憫に駆られ、
自分に甘く、他人にきつい性格になる。


氣は利かすもの。使うものではない。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

「気」という言葉には、沢山の意味があります。

漢方の基本的な考え方に「気・血・水」という三つの要素がありますが
この場合の「気」とは、生命エネルギーのことで、
「元気」や「やる気」などの「気」のことです。
「気を使う」というのは、まさに自分のエネルギーを「使用」してすり減らし
後で疲れてしまうような行動のことを指す場合が多いのではないでしょうか。

対して、「気を利かせる」という言葉に使われる「気」とは
「心の動きや、働き、状態」を意味しています。

気を利かせるとは、周囲の状況に応じて、心を働かせて行動するといった意味になります。



「気を使う」は、一見、相手を立てているようですが、自分本位のポーズに過ぎません。
「気を利かせる」は、相手のことを思い遣り、自分にも相手にも気持ちの良いように
場や雰囲気を整えること。つまり、利他の心ということになると思います。


無財の七施
雑宝蔵経という経典には、たとえなにも持っていなくとも人間は他者に7つの施しをすることができると記されています。これを「無財の七施」といいます。




参考資料: 清水寺HPより

「有難う」「有り難い」という感謝の言葉や、感謝の心を大切にして生きていきたいですね。

今日もありがとうございます*



by jiyou-925 | 2017-01-19 09:00 | 「密教」リブログ

”密教 384 霊的落とし穴”

※お許しを得て、過去記事をリブログしております。記事番号が前後しておりますがご了承ください<(_ _)>※


不思議大好き、スピリチュアルに興味津々、自分の前世が気になる…
テレビや雑誌の占いコーナーの結果を気にしたり、
風水などを毎日の生活に取り入れている方も多いと思います。

占いの結果が悪くても「そうか、気を付けようカナヘイうさぎ」くらいで
後は忘れてしまえるようなら問題はありませんが
「良くない結果」に振り回されて、必要以上に悩んだり、自分の納得する答えを引き出せるまで
占い師や霊能者を尋ね歩く、自らも占いやまじないなどにのめり込む…といった方には、
ちょっと気を付けていただきたい内容です。


師僧の記事では、黒魔術に嵌り、呪い屋に身を落とした方について触れられています。

黒魔術(くろまじゅつ、英: black magic)とは

1.文化人類学で定義される邪術とほぼ同義とされる。黒呪術ともいう。
2.他人に危害を与えるための技。不道徳な魔術を呼ぶ際の蔑称。
3.自己の欲求・欲望を満たすために行われる魔術のこと。
4. 自分にとって好ましくない魔術、魔法。

通常、呪術で悪霊の力を借りるなどして相手を呪う術は全てこれにあたるとされる。
また、自分の側に不都合な魔術は全て黒魔術とする分類もあり、「自分にとって認められないもの」という以外に厳密な用法はない。

参考資料
参考資料

例えば、恋愛や仕事に於いて、自分の望む結果にならなかったことや、上手くいかなかったことを
「邪なるモノ」の力によって、上手くいくよう願を掛ける行為などがこれに該当すると思います。


黒魔術=悪魔という連想が一般的かと思いますが
実際は、術者は「悪魔」とも呼べないような低級霊に操られていることが殆どであるようです。

邪悪性を持つ霊は、人間を騙します。
自らを「天使」や「神の使い」と名乗り、占いを的中させたり、予知をさせたりして
あたかも「選ばれた人間」になったかのように錯覚させ、油断させることもあるのです。
何故か?人間を操るための罠です。
邪霊の内にある「恨みや妬み」といった感情が、術者の欲望とリンクすると
霊は肉体を持たないので、リンクした人間の肉体を借り、意識をコントロールして
自らの欲望や妄執を果たそうとするのです。
そして、憑依されている側は、それを自分の意志だと思ってしまう
…怖いですね。







特別、スピリチュアルに興味がなくても、ゴスロリファッションから
悪魔的なものを「カッコイイ」と思う方もいるかもしれません。

そういった方は、服やアクセサリーで雰囲気を楽しむに留めておきましょう。

例え「遊び」であったとしても、自分の欲のために人を貶めたり、
危害が加わるよう仕組んだりすることは、立派な「呪い」です。
「呪い」はかけた方も報いを受けることになることを知っておいてください。

人を呪わば穴二つ
他人に害を与えれば、必ず自分にかえってくるものである。
他人を呪い殺せば、自分も相手の恨みの報いを受けて呪い殺され、相手と自分の分で墓穴が二つ必要になる。人を陥れようとすれば自分にも悪いことが起こるというたとえ。

ちょっとした興味や、こうなったらいいな、という願望のすぐ傍に
霊的な落とし穴は潜んでいます。
そして、自分では気づかぬままにその穴に落ち込み、
あまつさえ「商売」にしている人は実際に多くいます。

その穴に落ちないように、そして、引っ張られたりしないように
用心するためには、やはり學ぶことが大切です。
知識を得、真理に基づいた判断ができるように心の眼を養っていきましょう。


今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-01-18 09:00 | 「密教」リブログ

”密教 383 事象と実相”

※師僧のブログよりだいぶ遅れておりますが、お付き合いいただけましたら幸いです<(_ _)>※




事象(じしょう)
ある事情のもとで、表面に現れた事柄。現実の出来事。現象。「自然界の事象」

実相(じっそう)

実際のありさま。ありのままの姿。「社会の実相」

仏語。真実の本性。不変の理法。真如。法性 (ほっしょう) 。


参考資料




>今、様々な事件、事故が多発しておりますが、これらは、全て偶然では無いのです。

何か事件や事故が起こったとき、表に見えていること(事象を見る)だけでは
気付けないことがある、ということだと思います。
原因があり、結果があるということですね

その裏に潜むこと、蠢くものがあるということまで見通す(実相を知る)ことは
難しく感じるかもしれませんが、心の眼を開き真実を見る、知るということが
自分の身を守ることに繋がっていくのだと思います。
(裏にあるものというのは、例えば関係者の思惑、想いといったものから、
霊的なものまで、様々なことが考えられると思います)







問題が起こったとき、何もかもを人のせいにして、騒ぎ立てることは簡単ですが、
「今、起こっていること」を直視しなければ、問題を解決に導くことはできません。


>今の状況は、決して安穏としていられる状態ではありません。

結果、考えられ無い様な事象が発生するのです。

今や、この国の安全神話は、完全崩壊して居る事を知るべきである。

これから益々、不可解な事件、事故が多発するでしょう。


国レベルでも、個人のレベルでも、今起こっているの問題というのは
「見たくない・触れたくない・自分のせいじゃない」など
問題を直視することを避けてきたり、なあなあで済ませてきた結果です。

それに加えて、今や無差別に襲われたり、全く無関係なことや理不尽なことに、
誰がいつ巻き込まれるかわからないという不安な世の中でもあります。


トラブルの≪原因≫となるものに気付いたとき、早めに対処することで
問題の早期解決に繋がったり、被害を最小限に抑えることができます。
そして、霊的な護りを得ることで、避けられることもあると思います。

「備えあれば憂いなし」

知ること、學ぶことは「備え」になります。


今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-01-17 09:00 | 「密教」リブログ

金剛山赤不動明王院 永作優三輝師僧のもとで霊的真理を學ぶ慈葉のブログです


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