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密教519 笑顔の力

人間が持てる最高の力は、笑顔である。

笑顔には、全ての人をしあわせにする力が秘められて居ます。



著作者:Vive La Palestina



母の笑顔は、子供達に安らぎを与え

父の笑顔は、家族に安心と力を与えます。



笑顔は一家の光明であり、国民の笑顔が国に繁栄をもたらします。

しかし、作り笑いは猜疑心を招き、迎合の笑いは国を滅ぼし独裁を助長します。





全ての人が、笑顔を絶やさず生きられる環境こそ天国なのです。



人は、苦しむ為に生まれたのでは無い。

真実の笑顔を知る為に生まれたと私は思います。



例えば、病気の方は笑顔になる時、其処には、自然治癒力が生まれる様に

笑顔には、まだまだ神秘な力が隠れて居ます。






笑顔無くして、しあわせ無し。

笑顔には、万人を救う力があるのです。




今、様々な事で悩み苦しむ時、鏡に自分の顔を映してください。

其処にあるのは、本来のあなたではありません。

笑顔の似合わない人など、存在しません。





笑顔の中にこそ、森羅万象をも動かす力が秘められて居るのです。


真にしあわせを望むのなら、自身が笑顔でなければ、しあわせは遠ざかり

代わりに不幸の芽を植える事に繋がり、苦しみを増大させます。




あなたが笑顔を取り戻す時、あなたを取り巻く環境も変化するのである。



南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




個人的に、笑顔《スマイル》というと、

浅田真央さんのこのエキシビジョンを真っ先に思い浮かべます。



歌詞と振付がリンクしていて、とってもキュートです


笑顔とは、包容力の表れではないかと思います。

他人の事を安心させたり、和ませたりすることももちろんですが、
自分自身のつらい過去、悲しい記憶、乗り越えてきた様々のことを
隠したり、否定することなく受け止めて、
「ああ、そんな事もあったよね」と、それらの事を笑い飛ばせるようになったとき
ひとつ成長したと言えるのではないでしょうか。


老若男女、国籍、容姿、宗教等々の別なく、人が微笑みを交わし合う時
そこには真の平和があるのだと考えます。


今日ありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-04-30 06:00 | 永作師僧からの便り

密教518 戦争

戦争をおこすのは、人間だけである。

何故、人間は戦争をするのか?

何故、戦争を好むのか?


動物は、争いもするが殺し合いはしない。

では、人間は、動物以下なのか?

そして、戦争は、立場の弱い者が犠牲に成るのも周知の事実である。



参考画像:シリア内線 攻撃で呼吸障害を起こして病院で治療を受ける子供たち




戦争が好きな者指導者同士が、リングの上で好きなだけ闘えば良いのである。

そうすれば、兵士も軍備も必要無いのである。

愚かな事である。

人間がおこす戦争は、悲劇と悲惨さしかもたらさない愚行である!





食料が必要ならば、分かち合い

愛が必要ならば、分かり合えば良いだけである。

民族主義に固執するのであれば、自給自足に徹すれば良いだけの事である。




宗教戦争も同じである。

過去に宗教戦争もあったが、信じたくなければ、無視するだけで良いのである。

揶揄する必要もないし、他に進める必要もない。

信じたければ信じ、嫌なら辞める自由がある。



全ての争いの根幹は、押し付けにあると考えます。



北朝鮮の実情は、国民は飢えに苦しみ、一部の階層が自らの生活を守る為だけに、

未熟な者を祭り上げ迎合を繰り返して居るに過ぎません。


争いを好む時、破滅と云う魔物が口を開け、歓喜して居る事を知る時ではないでしょうか。




南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




連日、北朝鮮やアメリカ、中国の動向が報道されていますが

キナ臭くなっていくばかり…



人類がこの世に誕生して以来、戦いの無い時代など無かったのではないでしょうか?


領土問題、宗教問題、覇権争い etc…


全てに共通するものは、「物質的価値観」と「利己主義」です。

これらは、霊的真理を知らないからこそ生まれて来る問題点であると言えます。


殺せば殺され、欺けば欺かれ、奪えば奪われる…
これは、カルマの法則により決まっていることです。
善因善果、悪因悪果ですね。

密教僧の言語録162 怒りのカルマより
怒りのカルマ

カルマは、全ての人にあります。
言い換えれば、なんびとたりともカルマから、逃げる事が出来ないと言う事です。
中でも、怖いカルマが怒りのカルマです。
怒りは、負のエネルギーの中でも、最悪な力を持っています。


その最たるものが、戦争であり、戦争は、国と国の殺し合い。
最悪な行為であり、国民を人殺しに、狩り立てる悪魔の行為なのです。
そして、国のカルマが、全国民のカルマに…
又、地球のカルマに増大するのです。
カルマは、解消するまで何度でも、繰り返し起こります。
まずは、個人のカルマの解消が大切なのです。


カルマをあっという間に解消する「魔法」は存在しません。

なぜなら、蒔いた種は自分で刈り取らねばならないからです。


ですから私達は悪しきカルマを積み上げないように
「物質的価値観」や「利己主義」に走ることなく、
足る事を知り、感謝を忘れるこなく生きて行かなければならないのです。

今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-04-29 06:00 | 永作師僧からの便り

密教517 障害は、個性

例えば、ダウン症の少女が書家と成り、素晴らしい作品を生み出し

私達に感動を与えてくれます。





水泳に至っては、迫力ある泳ぎで感動を与えてくれる少女が

オリンピック《パラリンピック》に向けて、素晴らしい泳ぎで私達を魅了してくれます。





様々な世界で活躍する個性派を、皆が応援、交流し優しい心で生きる時、

其処には、平和の二文字が生まれます。



本当の意味での個性は、ワガママや怠惰、傲慢の中からは生まれません。



私達が個性を理解して、応援と協力をしなければ、

せっかく芽生えた個性を枯らせかねません。





個性派達は、私達に様々な氣づきを教えてくれます。







氣づきとは、真摯に受け止めなければ、

生涯、知ることなく人生を終える事になるでしょう。





謙虚にならなければ、見るに終わり、學びにも繋がりません。



個性派の方々は、霊的に言えば、勇気がある魂なのです。



私達は、互いに助け合い、學び合う時、本当の學びに出会うことが出来るのである。




南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




>氣づきとは、真摯に受け止めなければ、

生涯、知ることなく人生を終える事になるでしょう。

謙虚にならなければ、見るに終わり、學びにも繋がりません。

個性派の方々は、霊的に言えば、勇気がある魂なのです。

私達は、互いに助け合い、學び合う時、本当の學びに出会うことが出来るのである。



ただ感動して終わるのではなく、自分がどんなところに感動したのかを
深く掘り下げてみたり、心に残った言葉の意味を考えてみる…
そうしたことから、氣づきを得ていくのだと思います。

これは「感動したこと」だけではなくて、例えば「腹が立ったこと」「悲しかったこと」など
どんな事にも応用できることです。

どんな言葉に腹が立ったのか、どんな態度に傷ついたのか…
「私はこんなに傷ついた!」
「私は悪くないのに!どうして!」と、「自分が自分が」という感情に振り回されているうちは
謙虚になれずに、氣づきを得ることも出来ません。


そうやって氣づきを得る努力をしながら、他者と関わっていくと
今よりもっと、様々なものが見えてくるのではないでしょうか。


そして今度は、あなたが誰かの「良い意味での」氣づきのキッカケになり
助け合ったり、励まし合いながら、學びの輪が広がっていくのだと思います♡


今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-04-28 06:00 | 永作師僧からの便り

密教516 マニュアル化現象

本来、人間は思考する事に意義があるが、昨今のマニュアル化現象に依り

短絡的思考になっている人をよく見かける。


例えば、コンビニでの接客態度、ファミレスの接客など、

正に、心の無さを感じている人も少なくないと思います。



そして、復興大臣の失言。

正に、傲慢である。

《氣は、使うものではなく、利かすものである》


今村復興相更迭 大震災「東北で良かった」 講演中に不適切発言
2017年04月26日 06時00分

今村雅弘復興相(70)=衆院比例九州=は25日、東京都内のホテルで開かれた自民党二階派のパーティーで講演し、東日本大震災について「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると莫大(ばくだい)な、甚大な被害があった」と発言した。

野党は被災地を傷つける発言だと一斉に反発、与党内からも辞任は不可避との声が高まり、今村氏は辞任の意向を固めた。事実上の更迭で、政権に打撃となるのは必至だ。

安倍晋三首相は26日午前に正式に今村氏を更迭する見通し。第2次安倍政権以降、不祥事による閣僚の辞任は5人目となる。 後任には、地元福島5区選出衆院議員の吉野正芳衆院東日本大震災復興特別委員長(68)を充てる方向で調整している。

同じパーティーに参加していた首相は直後のあいさつで「今村復興大臣の講演の中において、東北の方々を傷つける極めて不適切な発言があった。総理大臣としておわびさせていただきたい」と陳謝した。

今村氏は、「死者不明者1万8478人。社会資本の毀損(きそん)が25兆円という数字もある」などと東日本大震災の被害規模を説明する中で問題の発言をした。講演後、今村氏は記者団に「私の本当に不適切な発言で皆さま方を傷つけたことを、深く深くおわび申し上げる」と述べ、発言を撤回、謝罪した。その後、自身が所属する二階派の二階俊博幹事長に電話で「責任を取ってこの際、復興相を辞任したい」と話し、二階氏が首相に今村氏の辞意を伝えた。

今村氏は今月4日の記者会見で、東京電力福島第1原発事故に伴う自主避難者の帰還について「本人の責任」と発言して批判を浴び、撤回した経緯がある。その場で国の責任をただした記者に対しても「うるさい」などと激高した。

22日に宮城県の被災地を視察した際、今村氏は記者団に「結果として言葉の伝わり方がまずく、心配をかけたことは改めておわびしたい」と述べたばかりだった。


=2017/04/26付 西日本新聞朝刊=




言葉は、心を発するもの。

まずは心の中で咀嚼し、相手の気持ちを考え、発する事が肝要である。



考えもせず、思うがままに発するとは、如何なものであろうか?







接客とは、御もてなしの一歩。

接客態度がおざなりでは、どんな美食であろうと台無しではないだろうか。



人間関係も然り。

まるでマニュアルのように接すれば、上手く行く事も台無しであろう。



全ては、想いやる心から始まるのが、日本人の美徳ではないだろうか?




南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




思った事をなんでも口に出して、誰かを傷つける結果を招いたとしても

「悪気は無かった」を免罪符にする人がいます。


正に、短絡的思考の人の典型ですね。


その事が、要らぬ軋轢を生むことになっても、自分には関係が無いと思っているから
「悪気はない(=自分は悪くない)」という言葉がナチュラルに出てくるのでしょう。
(悪意を隠すために「悪気はない」を使う人も居ますが…)

どんなに親しい間柄でも、言っていい事、悪い事の区別はあるものです。
言葉は、時に人の心を深く傷つける凶器に成りうるものだからこそ
自分の中で咀嚼し、相手の立場に立って考え、
思いやりを持って発しなければいけないのではないでしょうか。


優しい言葉や笑顔は、人の心を和ませ、人間関係を円滑にすることと思います。


今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-04-27 06:00 | 永作師僧からの便り

密教515 愛別離苦


どんなに愛して居ても、いつかは別れが来ます《死別》
人は永遠の別れと捉えますが、それは肉体と云う衣を脱ぎ、次の段階に入っただけなのです。



後に残った者も、やがて肉体の衣を脱ぎ、愛しい人と再会するのである。
ですから、恥じない生き方をするのです。


この法則から逃れる事は出来ません。
次にお話しする事は、実話であります。

***

その方は、最愛の奥様を病で亡くされ、幼いお子さんと二人、奥様無しで過ごされ
悲しみの中に身を置かれておられました。

ある時、奥様がご主人に語られました。
《先に逝ってごめんなさい。でも私は、あなたと赤ちゃんの側にいます》
それからは、事あるごと、ご主人に語られておられました。

そんな時、ある方の紹介で私の寺に相談に来られ、今迄の事をお話されました。


正に、涙の相談であります。
ご主人の気持ち、奥様の気持ちが、痛いほど伝わって参ります。


しかし、肉体の衣を脱ぎ、霊体に戻られた奥様が、現界に留まる事は危険なのです。
《無防備状態》
一刻の早く、先祖霊や仲間の居る霊界に帰り、霊的保護の下で過ごす事が急務なのです。
私はご主人を諭し、奥様には説得を試みました。
そして現在、奥様は説得に応じ、霊界からご主人とお子さんを見守り続けておられます。




その後、ご主人は信仰の道に目覚められ、昼は仕事に専念され、夜は育児に専念され
作った時間で信仰の道を學ばれておられます。


願わくば、親子に幸多かれと、御本尊様にお祈り申し上げております。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



愛別離苦(あいべつりく)
親愛な者と別れるつらさ。親子・夫婦など、愛する人と生別または死別する苦痛や悲しみ。
仏教でいう、八苦()の一つ。

四苦八苦(しくはっく)
仏教における苦の分類。
苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味する。

根本的な苦を生・老・病・死の四苦とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加え、
愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること
怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと
求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと
五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと
の四つの苦(思うようにならないこと)を合わせて八苦と呼ぶ。


「人間は霊的な存在である」と解っていても、愛する人との別れ《死別》が

突然であればあるほど、逝く方も、残される方も、現実を受け入れがたいと思います。


しかし、その悲しみを乗り越えて、お互いが次のステージへと進まなければ
霊界での再会も叶わないのです。
だから、別れの悲しみに執着していてはいけないのですね。

愛すればこそ、悲しみから立ち上がって進んでいかなければ
お互いを迷わせることになってしまうのかもしれません。

霊界から現界に生きる者の無事を願い
現界からは、霊界に帰った者の安らぎを願う。
生死を越えた「愛する」という純粋な想いは、お互いを照らす光となるのではないでしょうか。

あの世とこの世に分かれても、愛する人の想いは、きっと傍にあるのでしょう。

今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-04-26 06:00 | 永作師僧からの便り

密教514 断捨離



断捨離とは、執着を捨てる事であります。

しかし、使える物を闇雲に捨てれば良いと云う事ではありません。



例えば、昔の人は要らなくなった布団を座布団、今ならクッションに作り替えたり

着られなくなった服は、雑巾やハタキに再利用し最後に捨てる工夫がありました。




現代は、直ぐに廃棄と考えますが、其れで良いのでしょうか?

物は、使い方を考えれば、不要な物にも新しい命を吹き込む事も出来ます。




また、心の断捨離も然り。


何時迄も過去の嫌な経験に翻弄され、暗闇に生きる依りも

自身の経験値と捉え、教訓として自らに落とし込む時、

あなたの人生には光明と成ります。




断捨離を深く理解する時、あなた成りの學びに繋がり

正に生きた学問に開花できるのです。


全ての道理、學びは、自身に落とし込む事に依り

あなたの心に光明をもたらします。



南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝





新年度を迎えて、新生活を始めるにあたり

断捨離を敢行した方も多いのではないでしょうか。


思い出の品と共に、古い記憶に埋もれていた心の痛みを

思い出してしまった方もいるかもしれませんね。


少し辛くなったとしても、もう過去の事は放念してしまいましょう。
過去に縛られていても、何も良い事はありません。

無理に笑顔を作らなくても、時に涙が出てしまってもいいのです。


.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+

嫌な記憶、忘れたい事は、春風に乗せて手放してしまいましょう。

心に穴が開いたよう…と感じる事があっても
開いたスペースには、新しいあなたを作るための學びがやってきますニコニコ手描きふうクローバー


今日もありがとうございます*



by jiyou-925 | 2017-04-25 06:00 | 永作師僧からの便り

密教塾について

密教塾について、姉弟子の慈優さんがお問い合わせのメールに応える形で

まとめられていますのでご紹介致します。

入塾を希望される方のご参考になると思いますので、どうぞご一読ください。



密教塾は月謝3000円のメールマガジンです。

時々、行者でも僧侶でもない人間が入会・購読しても良いのでしょうか。
インターネット等で印や真言を見聞きして、
自己流でやることは危険であると読んだことがありますが、問題はないのでしょうか。
メールによる自習で術技を習得できるのでしょうか。
といったご質問を賜ります。

その都度、個人的にわたくし慈優からお返事を差し上げておりますが、
ちょうどよい機会でもありますから、個人的に送信した私のメールを元に
ご説明させて頂きたく存じます。

密教塾へのお問合せをありがとう存じます。

密教塾では、印の伝授は致しておりません。
仰るように、見よう見まねでやることは大変危険が伴います。
わたくしもこれまでに様々な法の伝授を受けて参りましたが、
そこには以前本で読んだり、
インターネットで調べた時にはなかった
「あること」が必ずついてきました。
それが口伝であり、秘法の部分です。

車を動かすのにガソリンが必要なように、
本当に必要なことは表に出せない世界です。
だから、その「あること」が省略された情報をかき集めてパッチワークしても、
法を行うことは不可能です。
出来たとしても、良くないものと感応するでしょう。

我々の処には、日々様々な疑問質問がやって参ります。
それは、長年の修行や口伝によって得た知識を「下さい」というのと等しい事柄であることが多いのです。

決して出し惜しみしていたり、その秘法でお金儲けをもくろんでいるのではありませんが、 時として、血の涙を流して得た経験や知識を、どこの誰ともわからない人に簡単に口外出来るものでもありません。

そこで、「お金を払ってでも質疑応答をしてほしい。自分が知りたかった先祖供養のやり方や、 逆に素人がしてはいけない霊事のマナーなどを教えてほしい」と仰る方を対象に、新密教塾を立ち上げました。

本当に修行を望まれる方への広報活動も、
この半分閉じた密教塾内で発信する事としております。
ですから、そうした道に行きたくない方は、伝授希望者を募るような内容の通信があった時にはスルーで構いません。

密教塾で共有できる公開事項については、奥義への「入口」に過ぎない。とお考えください。

また「こういう事が知りたいけれども教えてもらえるだろうか」といった問い合わせにも、 この塾生からのものであれば可能な範囲で伝授しています。
それは行者でなくても唱えていいもの。行って良いもの。と
永作僧侶が判断したものに限られます。

また、参加することは、真面目に學ぶことへの意思表明があるということになりますので、 密教の秘密の法具等も添付資料として配信致しております。
最高級の素材を用いて、一流の職人が仕上げた法具は一見の価値があるものと存じます。

これまでの流れですが、何らかの真言や法を無責任に、かつ虚栄心を満足させる目的でまき散らす(;'∀')という目的ではなく、霊的真理を学んでほしいという阿闍梨からの語り掛け(ブログよりも濃く、ピンポイントのもの)で構成されております。


御返事になっておりますでしょうか。
ありがとうございます。
後藤慈優



by jiyou-925 | 2017-04-24 06:00 | メールマガジンのご案内

密教513 魂の學び

病、老い、生と死、この課題を避けることは、誰にも出来ません。




生老病死(しょうろうびょうし)
人としてまぬがれられない四つの苦しみ。
すなわち生まれること、年をとること、病気をすること、死ぬこと。四苦。
大辞林 第三版の解説



出来無いのなら、正面から向き合い學ぶのが、我が密教塾であります。


『人は何故生き、死を迎えるのか』

これに答えを出し生きる時、私達はより良く生きる事に繋がるのです。



ただ漠然と死を怖れていたのでは、何も解らずに迷宮の中に居るのと同じである。


學びの中に入って、自らが學び取り、自らの人生に向き合い、答えを出すことが

明日をより良く生きる事になります。



生老病死苦、誰も逃れる事は出来ません。

自らを活かす事こそ、學びなのです。

學んで、學んで、答えを出し活かす道に変える事は、より良く生きる事なのです。





答えは、千二百年前にお大師様が経典を通じ、私達に教えてくださっているのです。

其れを私達は學び、自身の中に落とし込むだけなのです。



後は私達が胸襟を開いて、上下の隔たりも、男女の差も、

全ての垣根を越えて學ぶ事に尽きると考えます。




南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




生きること。

生きていくこと。

平凡な毎日を生きているつもりでも、

私達は、些細なことで喜んだり悲しんだりしながら生活しています。

時に天にも昇るほどの喜びを感じたり

時に絶望の淵から死を覗くような思いに沈んだり…


実は、その一つ一つが「學び」のための教材なのです。

人間は「死んだら終わり」では無いということは、
師僧の記事に幾度となく書かれていることなので、ブログを読んでくださっている方には
お馴染みの言葉かもしれません。

人間は霊的な存在です。
「魂の進化向上」を目指して、様々な経験を積むために肉体を持って生まれてきます。

良い事や悪しき事、喜びや悲しみ。
生活していく中で経験する様々な事から學びを得て、やがて霊的世界へと帰るのですね。


「生活」という字は、「生きることを活かす」です。
生きていくなかで感じたこと、考えたことを、次へと活かすことが大事なのだと思います。

だから、ただなーんにも考えずに毎日をやり過ごしたり
長い物に巻かれているだけでは、魂の経験値は上がりません。

明日をより良く生きるためにはどうしたら良いか?
お休み前の一時、少し考えてみるのもいいかもしれませんね。


今日もありがとうございます*





by jiyou-925 | 2017-04-24 06:00 | 永作師僧からの便り

密教512 比較対象

あなたは買い物をする時、同じ様な物があれば見比べませんか?

当たり前に比べて、品定めをするでしょう。

しかし、比較対象が無い場合、あなたはどうしますか?

勘に頼りますか、其れとも迷わず買いますか?

私は知識を蓄え、自身の価値観を持って事に臨む性格であります。

例えば、若い頃、法具、仏像の真価を學ぶ為に、有名な仏師の工房を訪ね

真摯に教えを請いました。

法具を學ぶには、有名寺院の宝物展に足繁く通って、

実物を見て、法具師さんの工房で教えを請いました。



全ては、今日を築き上げる布石だったのであります。

私の考え方の根本にあるのは、本物を求める姿勢にあるのです。


貧しい家に生まれ、父母亡きあと僧侶に成り

乞食坊主と揶揄されながら生きた時代、自分の法具も法衣も無く

古い物を譲り受けしのいだ時代もありました。

眼力、良い物を見極める事は、眼を養い、知識を蓄え、

本物を見極める眼を培います。

どうせ手に入れるなら本物を求める姿勢こそが

次へのステップに成っていくのです。

妥協しない生き方にも繋がると考えます。

働き、得たお金は貴いものです。

無駄にしないように使うのも大切な事ではないでしょうか。

全て物を大切に考えれば、本物はあなたの前に現れます。



南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



深いお話です<(_ _)>

私は経済的に豊かな方では無いので、同じものなら安い方を選びがちですが

それで「失敗したな~」と、後悔することも、ままあります。。。汗

安いものなら惜しくないような気がしてしまうので

「ダメならまた買い替えればいい」と思ってしまいがちです。

いわゆる「安物買いの銭失い」というものですね。

「お金は使い方が大事」と、以前、師僧から教えていただいた時も

自分の過ちに気付かされましたが、改めて気を付けたいと思います。



今日もありがとうございます*



by jiyou-925 | 2017-04-23 06:00 | 永作師僧からの便り

密教511 秘伝書、古文書

私の寺には、日本中に散逸して居る秘伝書を始め

古文書が堰を切ったように集結しております。


毎日その資料の解読に奮闘し、

何時の日か誰でもが學べる学舎を作りたいと願って居ります




宗旨宗派を超え真剣に學び、其れらの秘伝書、古文書を

学術的、また様々な視点から自由に學べる機関である学舎を創るのは

私の夢である。


秘伝書、古文書の類は、一般には入手する事は困難を極め

また、僧侶であっても難しいのが現状であります。

ましてや、一般の方々が眼にする事は無いのが現状です。





何故、不思議に走る人が居るのか?

何故、オカルトを好むのか?

それは、知らないから、解らないからである。




しかし、日本の現状は、秘密主義が壁を作り

一般の方々が學びたくとも學べないのが現状であります。





私の理想は、一般の方々が幅広く學び、

僧侶は専門分野を履修し厳修する事が可能になれば

密教の真髄を皆さんに理解して頂けると考えます。



そして、平和活動にも寄与できると考えます。

理解と調和無くして平和が訪れない様に、

密教を一般の方々が真から理解される時、棚から牡丹餅も不思議もないと

理性的に解釈される方々が増える事を願い、活動して参ります。




南無大日大聖不動明王尊

蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝




私は、まだまだ「密教」を理解するなど、到底及びもしない末席の弟子ですが

學んでいくことで、こうして御縁を頂けたことの意味を知ることも出来るかもしれない…

などと厚かましくも思っております<(_ _)>



日々揺れる気持ちや体調の変化に溺れる毎日で

自分には何が出来るのか、皆目見当もつきません。


ですが「理性的」に生きていけるよう

これからも學んでいきたいと思います。



今日もありがとうございます*





by jiyou-925 | 2017-04-22 06:00 | 永作師僧からの便り

金剛山赤不動明王院 永作優三輝師僧のもとで霊的真理を學ぶ慈葉のブログです


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