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密教739 大晦日の思い出

私がまだ小学二年生の大晦日、母に言われて大家さんの家に家賃を払いに行った。
子供の足で、片道30分くらいの所にある豪邸である。




立派な門を入ると、まず大きな犬に吠えられる。
すると家から家人が出て来る。

私の姿を見て、犬が吠えるのを制止してくれた。
私が家賃を払いに来たと告げると、大きな玄関に通された。
そして、母から託された家賃と家賃帳を渡した。

家人は家の中に。
私は待った。

しばらくして、家人が家賃帳を持って現れた。
そしてお菓子と家賃帳をくれた。
私はお菓子が嬉しくて、帰り道をお菓子を食べながら家路を急いだ。

外は夕暮れ時。
家賃帳を落とさないように握り締め、帰宅した時は真っ暗だった。
母は、夕飯の支度で忙しく働いていた。




私が幼い頃に住んでいたのは、古い長屋の一室であった。
冬は隙間風が入り寒かった。
夏は蚊に悩まされて、寝る時は蚊帳の中で汗をかいて寝る。
それでも、、父母の優しさでしあわせだった。

父母は夜遅くまで働き、私は布団の中から父母の働く姿を見ていた。

ある日、大家さんから家賃の督促があった。
子供の私には解らなかったが、大晦日に私が支払いに行った家賃の督促だった。

昔は、家賃を払うと家賃帳に印を押してくれたのである。
子供だった私は、お菓子に氣を取られ家賃帳を確認して居なかったのである。

父母は私を怒らず、私が寝たのを見計らって話し始めた《私は寝たフリをしていた》

子供だから馬鹿にして二重取りする人の浅ましさ、そして貧乏の悔しさを話していた。

私は布団の中で泣いた。
大きく成ったら、父ちゃん、母ちゃん親孝行するからね。と心に誓った。






あれから長い年月を経て、私も父母の歳を超えた今日この頃、
全ての支払いを済ませ、思い出すのは、あの幼い頃の悔しい思い出である。

人間は正しく生きていれば、必ずしあわせは訪れます。
今、苦しみの中に居るあなた、自暴自棄にならず、信じて生きてください。

当院では、大晦日から祈祷会に入ります。
私は全身全霊をかけて祈ります。
皆様の平和と幸いを。



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



経験は人を強くします。

失敗という経験を通して、人の浅ましさを知り、父母の優しさ、我が子への愛に気付き

幼かった師僧は悔しさをバネに頑張って来られたのだと思います。


最初から失敗しようと思って物事に取り組む人は居ないと思いますが

結果的に失敗してしまった時、そこから学びを見つけることが出来ない人は

何度でも同じ失敗を繰り返すのではないでしょうか。


自分の失敗が、周囲にどんな影響をもたらすのか見えていない人は

何も気付きを得る事もなく、平気な顔でミスを繰り返し

あまつさえ「私は悪くない」という趣旨の言い訳をするのです。


気付きを得る、というと難しい事のように思えますが

要は「自分の間違いや失敗を認め、どうしてそうなったのかを分析する」という事です。

そうすることによって、同じミスを繰り返さなくなるのです。


自分に甘く他人に厳しい人は、協調性を欠きます。

誰からも見向きもされなくなる前に、自分を客観的に見る視点を持ってみませんか?


今日もありがとうございます*











by jiyou-925 | 2017-12-30 06:00 | 永作師僧からの便り

密教738 年末年始祈祷会

全ての準備が整い、後は開始の日に向けて体調を整え、精神を高める行中である。

法具も仏具も全て特注品である。
一般公開はしないが、祈祷を申し込まれた方々には公開します。

一部を言葉で表現すれば、特注の護摩杓《法輪の杓》、火焔如意宝珠、

打出の小槌《全長30センチ》登り龍華瓶《銅器》宝珠杵、その他諸々の宝具が一堂に会します。

供物は真珠、ルビー、その他宝石を護摩炉の中に投じ、各御仏に御供養申し上げます。




一度に驚くほどの量を使用し、御供養申し上げます。
金額にすれば驚かれるで在ろうが、敢えて伏せ置きます。

本当の御供養とは、金額では無く心を捧げる事が大切なのです。

例えば、貧者が捧げる供物が少量で在ろうと、お受けに成られる御仏にとっては平等である。
その逆に、富む者が財に明かして布施をしても全て平等である。

いけないのは傲慢な心である。
自分は凄い供物を寄進した。
だから自分は守られて当たり前。
と云う考え方は、傲慢である。




御仏の前では全ての人が平等であり、子供と同じなのです。
心からの信仰心は、何物にも劣らぬ供物なのだから。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



御神仏さまを拝むとき、一番大切なのは素直な心ではないでしょうか。


日々の御守護、御導きに感謝して手を合わせ、自分の行いを省みるとき

そこに謙虚さが生まれます。

傲慢になることなく、かと言って自分を卑下するでもなく

お蔭様の心を忘れずに、自分に出来る最良の事をさせていただけることに喜びを感じる時

それをご覧になっている仏様もお喜びくださるのだと思います。


心からの感謝を捧げることを忘れずにいたいですね。


今日もありがとうございます*










by jiyou-925 | 2017-12-29 06:00 | 永作師僧からの便り

密教737 宝剣来臨

いよいよ、全ての御本尊様《不動明王尊剣》の宝剣が全て完成します。



当院所蔵 不動明王尊剣《真剣》



現在謹製中の大刀《刃渡り80センチ、真剣》を含めて、

中刀《刃渡り56センチ》、小刀《刃渡り36センチ》全て真剣が当院に集結します。

この他にも、様々な宝剣を当院では所蔵しておりますが、一般公開はしておりません。



当院所蔵 鬼切丸


摩利支天尊剣


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真剣ですので保管には氣を使い、院主である私以外の者が触れることも出来ません。

宝剣加持祈祷は凄まじいばかりの力を発揮しますが、

事情を理解出来た案件以外は使用しない場合もあります。

宝剣は神聖なものであり、邪念に通じる事には一切使用出来ません。
但し、病気平癒、学業成就、延命祈願、その他諸々に力を発揮します。




来年は、動乱が予想されます。

宝剣が全て揃った事で回避出来る案件も増えました。

当院では、安心立命を目指しこれからも幅広く信仰の輪を広げて参ります。




南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



真剣でなければ、魔を斬ることはできません。

加持祈祷という真剣勝負の場において、

模造刀であったり、イメージの剣というようなものを使う…というのは

自殺行為にも等しいものであると思います。


宝剣が揃った事で、回避できる案件が増えたとの事

宝剣加持祈祷をお考えの方には心強いことではないでしょうか。


完成が楽しみです刀


今日もありがとうございます*









by jiyou-925 | 2017-12-28 06:00 | 永作師僧からの便り

密教736 信仰の輪

今年も大勢の方々が、信仰の輪に加わって頂きました。

御本尊赤不動明王尊を信仰し、密教塾で學びを深め、家庭円満、身体健全、学業成就と

様々に御本尊様のお計らいを賜わった方々が信仰を益々深められて行く姿を見るたびに、

正に、報恩感謝、御本尊様に礼拝の毎日であります。




年末年始は、皆様の幸せを願って大法を修します。
また来年は、多難な年と成るでしょう。

しかし、正しい信仰心さえ内にあれば恐れる必要などありません。

難を學びに変え、経験を感動に転換することが人間として生まれて来た本当の目的なのです。

眼の前の金銭に翻弄されて本当の意味を忘却する時、人は生きる意味を失います。

そうならない為に學ぶのです。

私の様な爺いに教わりたく無いと思う方は、自分一人でも學べます。
學びの基本は簡単です。
向学心の有無だけなのです。

他人の噂をしたり、誹謗中傷、パワハラ、セクハラなど愚劣な行為をして居る者に、

向学心の芽生えは無い。

何故か。
真剣に學びに向き合う時、そんなくだらない事を考える事すら無駄と氣づくからである。
イジメなどは、落ちこぼれの捻くれ者の恥行為です。

来年はもっと多くの方々が、學びの道を歩まれる事をご祈念申し上げます。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



學びとは一生をかけて行うものであり、いくつからでも始めることが出来ます。

満たされている時はもちろん、何かにつまづいた時、道に迷う時でさえ

御本尊さまは温かく私達を見守ってくださり、涙を拭いまた歩き出せるように

優しく導いてくださっているのです。


私もこの一年、様々に御本尊さまのお計らいを賜り

また、師僧や姉弟子のこまやかな心配りに、本当に助けられました。

そして、私に何が出来るだろうか、どうしたらこの御恩を御返し出来るだろうかと考えました。

明確な答えは出ませんが、今あるものへの感謝やお蔭様の心を忘れず、

自分の學びを深めていくことが、しあわせの循環を生むのではないか…と思っておりますハート キラキラ


弟子として學びの場を与えていただいた喜びを忘れずに

来年も一歩一歩進んで参りたいと思います。


今日もありがとうございます*










by jiyou-925 | 2017-12-27 06:00 | 永作師僧からの便り

密教735 父母からの贈り物

私には、産みの親のほかに父母がいます。
産みの親は44年前他界しましたが、今の両親はとても心優しい方々です。


私の誕生日に金剛鈴を贈って下さったのです。
現在の金剛鈴は40年以上使い続けた結果ぼろぼろですが、

自分で修理を重ねて今でも使っております。
それを見た両親が、最高級の金剛鈴を贈って下さったのです。


完全、鳴金製、金剛鈴大大型

全て鳴金の金剛鈴です。
私も欲しかったが手が出なかった逸品です。
私はしあわせ者です。

年末年始の初護摩供養もこれで華が咲くでしょう。
正に、親の恩とは有り難さに涙が出ます。

親は、子供の為ならば我が身をも惜しみません。
私には、信徒さんや弟子と云うたくさんの子供達が居ります。

私は、年末年始の加持祈祷に全身全霊を込めて挑むことが、私に出来る護りと信じております。

当院では、年末年始に使う供物や、法具、仏具が続々と集結しております。

贈られた金剛鈴に恥ない様に修法に臨むのが、私の勤めと身を引き締めて居ります。



南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



画像だけでも迫力が伝わってくるような素晴らしい金剛鈴ですね。

最高の物を贈ってあげたい…という、親心の表れと存じます。


親は、子供の為ならば我が身をも惜しまない、というのは

自分が親になってみると、本当にそうだなと感じます。

子供がやりたい事をすべてさせてあげることが出来るような環境であれば最高ですが

なかなかそれが難しいなかで、親も子も様々な事を思ったり感じたりしながら

家族のなかで、お互いを尊重しあうことを学んでいくのではないでしょうか。


師僧が私達を我が子と思い、心を砕いてくださることは

本当に嬉しく、有り難い事です。

その愛情を当たり前の事と思わずに、これからも学んで参りたいと思います。


今日もありがとうございます*







by jiyou-925 | 2017-12-24 06:00 | 永作師僧からの便り

密教734 経典解読

当院では新年から、当院所蔵の数百巻を超える密教の経典を現代語に訳す為の組織が発足します。


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参考画像:赤不動明王院所蔵経典類



私の指導の下、様々な専門知識を持った人達が一堂に会し、解読作業に掛かります。
これは画期的な試みである。

経を読誦しても、内容がわからない事が無くなるのである。


増してや密教経典は難解で、素人の方では、到底理解不可能な領域である。

それを曲解する事無く、素直な眼と学術的見地に立って解読する事は、

密教を學ぶ人の教科書に成るであろう。

密教は、不思議好みには理解不能な領域である。
理解、理性、智性、科学の思想が必要である。

今回発足した経典解読組織は、その期待に応えられる機関として成長して行くであろう。

私が持てる全ての資料を組織に提供し、解読して参ります。

いつの日か、多くの方々が本気で密教に取り組める様に、努力精進して参ります。




南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



赤不動明王院が所蔵する数百にのぼる経典類は、

博物館に所蔵されていてもおかしくないほどの貴重な資料であり

また、師僧のたゆまぬ努力と衰えることのない情熱の証であると言えると思います。


今回の試みは、皆様のお幸せを願い、広く密教を理解していただくための

第一歩となることと思います。


密教の教科書があれば、道に迷い悩む時、魂を成長させる道しるべとなることでしょう。

私も楽しみにしております。


今日もありがとうございます*










by jiyou-925 | 2017-12-23 06:00 | 永作師僧からの便り

密教733 先祖供養

昨今の風潮を視て居ると、正にアメリカ式、物質的思想が伺える。
金欲しさの犯罪が日本でも横行して居る。

金属バットで後ろから殴り、金品を奪うだけで無く命までも奪った22歳の犯罪者。
正に外道である。



これは、ひとえに信仰心の欠如が物語る餓鬼、修羅、畜生、の姿である。
金の為なら何でもやる詐欺などは、年寄りを騙し金を奪い盗る畜生。
金の為なら人殺しでもやる餓鬼、修羅。

まるでアメリカの貧民街である。

今迄は余り表面には出て来なかったが、来年は恐ろしい様々なものが噴き出すで在ろう。
それは、信仰心の衰退が招いた結果とも言える。





昔は、年寄りをいたわり敬愛していたが、昨今では位牌に手を合わせる家も少なく成って居る。
これは、日本古来の護りが薄れた結果である。
崇める事無ければ、護られる事も無い。

当たり前のことですが、こちら側が折衷せねば振り返って頂ける訳が無いのである。
神仏も同じである。
こちらの都合ばかりでお願いしても、聴いてくれる訳が無いのである。

朝に夕な手を合わせる事が、そんなに難しい事だろうか?

全てを自分の都合で考えるアメリカ思想には、日本の風土は適して居ないと私は考える。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



もう随分前から性善説というものを根拠にしてはいけない時代に入っているような気がします。


善悪の区別がつかない…というよりは、

自分の欲求、欲望のためならば、好んで悪を選ぶような人が増えたような印象があります。

そして、それは、老若男女の区別がないように思います。


泣き声がうるさいと言って、自分の子供に手を掛ける

小遣いをくれないと言って、自分の祖父母を殺める

誰でも良かったと言って、人を傷つけることを厭わない

ムシャクシャしていたと言って、建物に火をつける…


全て自分の都合です。


こういった風潮ですから、困っていそうな人に下手に手を差し伸べれば、

ストーキングされたり不審者扱いされかねず、ますます他を思い遣ることが難しくなってきているのではないかと考えます。


拝金主義や物質的価値観の蔓延が招いた悲劇とも言えますが

そこから抜け出す努力はいつからでも出来るのです。


御神仏さまや御先祖さまを大切にすること、家族や友人を思い遣ること

一時の感情に流されずに、自分を冷静に見つめること

これらは決して難しいことではないはずです。


自分の人生を良くするのは、他でもない自分なのです。

不平不満の渦に飲み込まれないよう、自分の足で立てるように努力することが

大切なのではないでしょうか。


今日もありがとうございます*








by jiyou-925 | 2017-12-22 06:00 | 永作師僧からの便り

密教732 悪意の代償③

人間の口や態度で人を失意の底に落とし入れる事がある事は、皆さんもご存知で在ろう。




それを悪意と言う。
悪意は必ず返って来ます。
場合によっては、凄い質量に成る事もあります。


因果応報と言う言葉がありますが、正にその通りである。
それを知っていればやらなかった。と言っても遅いのである。

必ず返って来ます。

では、どうしたら良いのか?
因縁解脱の法がありますが、模倣を避ける為に此処では書きません。
が、存在する事は確かである。

密教には、古来より伝わる法がある。
その他には、完全な反省が有効であるが、中々、自力で行うのは難しいで在ろう。


何故なら、人の心は移ろいやすく、その時は出来ても、継続が難しいのである。
従って、法の力が必要なのである。


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悪意など持たず、大らかに生きる方には必要無い事柄である。

しかし、身に覚えのある方は御用心下さい。
来る年には、吹き出さない保証は無い。

笑顔の似合う自分に成る事が一番である。
他を誹謗中傷する事は、自身を地獄に誘う早道である。

反省も無く、続けたい方は続けるが良かろう。
私は止めません。

この法則に例外はありません。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



騙せば騙され、盗めば盗まれ、殺せば殺される…

因果の法則というのは、実にわかりやすいものです。


人に対して不誠実であれば、あなたもまわりから不誠実な対応をされるでしょう。


「そんなの自分には関係ない」と嘯き、反省も謝罪もせずに人を泣かせ続ければ

自分が泣かされる立場になった時、誰もあなたを見向きもせず

助けを得ることも出来ずに、失意の底に沈むのです。


悪意など持たずに、誠実に生きていれば避けられるトラブルもあります。

隣の芝生が青く見えて、妬みや僻みの気持ちが湧きあがってきても

自分の心を見つめ、行いを省みていれば、自分には自分の學びがあるのだと気付いたり

妬み僻みなどの感情を放念する事が出来ます。


笑顔の似合うあなたには、同じ様に笑顔の素敵な仲間が集うことでしょう。


今日もありがとうございます*










by jiyou-925 | 2017-12-21 06:00 | 永作師僧からの便り

密教731 悪意の代償②

今回は、その一列である。
私が奉職する寺に、一人の女性が相談に来られた。
相談者は疲弊し切っていた。




内容は公表出来無いが、見るからに不幸を全部背負った様に力の無さが見て取れる。

私には解っていた。

何故ならば、相談者には憑いているのである。
涙を流し、悔しさを前面に出して怨みの念をほとばしらせて居る男性が。




私は一瞬でわかった。
自殺された方である。


私は自殺する事を否定するが、悪意の中で自殺に追い込まれたら、あなたなら耐えられますか?
私は、自殺された霊と交霊を試みることにした。

以下は、その時の模様である。

私が審神者に成り、霊媒師に自殺霊を降ろして交霊を始めた。

全てを知った時、私の心も傷んだ。
私は彼を諭し、彼も納得して霊界に送りました。

但し、相談者のやった事が帳消しに成った訳では無い。
相談者が反省し、慰霊と信仰心を持ち続けるしか無いで在ろう。



南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝



相手を自殺に追い込むほどのひどい事をした結果、件の相手に憑依され

今度は自分が心身共に追い込まれた…という事ですね。


おそらく、からかい半分で人を傷つけ、苦しむ様子を見て面白がった代償なのでしょう。

人を見下し、尊厳を踏みにじり、生きる意欲を奪ったように

今度は自分がそういう目にあわされたのです。


自分の行いを心から反省しなければ、また同じ事を繰り返します。

霊能者に祓ってもらったからもういいだろう、いざとなればまた助けてもらえばいい…

そんな甘えた考えでいては、悪意が生まれる隙は無くならないのだと考えます。


今日もありがとうございます*






by jiyou-925 | 2017-12-20 06:00 | 永作師僧からの便り

密教730 悪意の代償①

人間に一番不必要なのは、悪意である。
悪意はやがて、周り回って自分に返って来るのである。



それも、自分が抱いた悪意が何倍にも増幅され返って来るのである。

イジメも誹謗中傷も、悪意が働くから生じるのである。
其処には、どす黒い感情しか無い。

それが呪いに成った時、その人間の《呪いを掛けた本人、依頼した者も同じである》

人生は暗いものに変わる。

何故か。
因果応報と言って、やればやられ、盗れば盗とられ、殺せば殺されるカルマ《因縁》を

自分で好んで作り上げた結果である。

最初は軽い気持ちでやった事が、最悪な結末を迎えるとは知らなかったので在ろう。


しかし、知って居ようがいまいが、そんな事は関係無い。
悪意を持つ事自体がカルマを呼び、やがて悪意の代償と成って返って来たに過ぎないのである。



悪意の代償②では実例を挙げて紹介するが、悪意の代償③では解き方の例を挙げて説明します。

しかし、勘違いしないで貰いたい。
解き方があるから大丈夫。などと決して想ってはいけない。
其処には、人間界の常識など通用しない法則が存在するのだから。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


人を呪わば穴二つという言葉があります。

人を呪わば穴二つ
【読み】 ひとをのろわばあなふたつ
【意味】 人を呪わば穴二つとは、人に害を与えようとすれば、やがて自分も害を受けるようになるというたとえ。

【注釈】 他人に害を与えれば、必ず自分にかえってくるものである。
他人を呪い殺せば、自分も相手の恨みの報いを受けて呪い殺され、相手と自分の分で墓穴が二つ必要になることから。

故事ことわざ辞典より引用

こうした言葉が残っているという事は、

古の人は経験として知っていたからなのではないでしょうか。

因果応報。

自分の悪意が原因となり、結果として悪しき事に見舞われる…このことを知っていれば

人に悪意を向けるということは、すなわち自分に悪意を向ける行為であると

気付く事ができるはずですね。

悪意を持てば、同じ様な悪意を持つ者(未浄化霊)が呼応し

憑依される可能性もあります。

肉体を乗っ取られた挙句、精神を病んだり、犯罪を犯したりという例えは

師僧の過去記事にもたくさん出てきます。

自分の人生を悪意ある者に滅茶苦茶にされないためにも

學ぶ事は必要なのだと思います。

今日もありがとうございます*


by jiyou-925 | 2017-12-19 06:00 | 永作師僧からの便り

金剛山赤不動明王院 永作優三輝師僧のもとで霊的真理を學ぶ慈葉のブログです


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